9-36:キーツの無敵艦隊 中
「T3さん! 待ってください!」
声のしたほうを見ると、後ろで結わえた銀髪を揺らしながら、セブンスがこちらへ向かってくるのが見えた。
「戦闘機と生身で戦うなんて無茶です! それも、足場のない空の上でなんて!」
「セブンス。私は必ず合流する……そして、恐らくヘイムダルに到着するのには貴様の力も必要だ。頼むぞ」
「あ、ちょっ……!」
少女の声が聞こえなくなったのは、自分が奥歯を噛んで神経伝達を加速させたからだ。改めて神経を研ぎ澄ませ、眼下を――いや、この空一帯の気配を手繰る。付近にはすでに五機ほどの戦闘機が飛び交っているようだ。
敵の攻撃が止んだ一瞬の隙をついて、自分は大空という大海へとこの身を投げ出した。落下速度は非情に遅く――もちろん、自分の体感時間が遅いだけだが――これなら音速を超える戦闘機を狙撃することも十二分に可能だろう。
一瞬だけ途切れたバリアの膜を通り抜け、改めて空に蠢くノイズを探りあてる――まずは自分の左斜め下方を通り過ぎようとする戦闘機に向けて偏差射撃を仕掛ける。自分の狙った場所を戦闘機がちょうど通り過ぎた瞬間、光速で発射される熱線がその翼を穿つ。そして射抜いた機体の爆発を見届けるまでもなく、次の一機に向けて矢を放つ。
最初の一撃と合わせ、計三機を穿ってのち、一度精霊弓を真下に向けて放ち、その反動で少しだけ身体を上昇させる。そしてすぐに四機目の進路を読み、時間差で着弾するように弦を引く。
そろそろ、加速も限界か――その時、上部から何かが急速に落下してくる気配を感じた。空中で身体を翻して上を向くと、ちょうど燃え盛る太陽が描く円の中に、黒い点のようなものが見え――目を凝らし、迫りくる二つの点の内、片方に向けて光の矢を放った。
加速を切ったタイミングで空に五つの花火が上がった。あえて狙わなかった最後の一機は、轟音を立てながら自分の真横を通り過ぎて後、自分の落下に合わせて空中で旋回し、落下をすくうようにこちらへ接近してきた。
それに合わせるよう、再び精霊弓を下へ向けて照射してホバリングすると、偵察機は速度を落とし――ほとんど落下の衝撃もなく自分を拾い上げてくれた。
『まったく、無茶が過ぎますね』
『貴様……イスラーフィールか』
少女の声は、普段ゲンブとやり取りしている回線から聞こえた。確かに、イスラーフィールなら偵察機の操作をするのに適任と言えるだろう。機械操作に関しては正確無比、さらに超音速のGにも耐えられるだけの頑丈さもあるのだから。
『えぇ……先日の礼を返しに来ました』
『貴様を見逃したことに対する礼か?』
『まぁ、そういうことにしておきましょう』
イスラーフィールの真意は分からないが、今はそんなことを気にしている暇はない。上空に浮かぶピークォド号の方を見ると、未だ正面から攻撃を受けているようだ――そうなれば、いち早く敵機の撃墜に戻らなければならない。
『しかし、その偵察機を右京にハッキングされる危険性はないのか?』
『その可能性を考慮し、機体の全てはマニュアル操作に切り替えています』
『その状態で、敵機の位置は分かるか』
『もちろん、私を何だと思ってるんですか? 私は第五世代型アンドロイドの頂点である熾天使……DAPAのデータベースに繋げない今でも、搭載されているCPUは最高の性能を持つものの一つ。無理やり動かされているステルス機の位置など、見破るのは容易い』
『では、もっとも効率的に私が狙撃できる道筋を見つけて飛んでいくがいい』
『アナタのような無茶苦茶な人が納得する軌跡になるかは分かりませんが……振り落とされないようにしてくださいよ』
直後、空中を浮遊していた戦闘機が、再び一気に加速を始めた。こちらも奥歯を噛んで、敵機の気配を探り始める――イスラーフィールが進む先に敵機はあるのだろうが、自分はレーダーなど敵機を把握できる情報を共有されていないので、彼女とは別に自分自身で雲海に潜む敵機を認識し、その起動を読む必要がある。
イスラーフィールが描く航空機道は、中々に荒々しいモノだった。急な旋回や蛇行を繰り返すのは、敵からのロックオンを外す意味合いもあるのだろうが、それ以上に――。
『狙いやすい軌道だ……悪くない!』
『当然です……私が操縦しているのですから。頑張ってくださいよ』
イスラーフィールの言葉に返答する代わりに弓を弾き、敵機を撃墜することで応える。自分を乗せた偵察機は無茶苦茶な軌道で、爆発の光の揺らめく雲海を飛び回るのだった。




