2-9:簡易調査 上
宿に荷物を自分の個室に下ろして、今度は大部屋でクラウの調剤用具の整理に付き合わされて、落ち着いたのが正午過ぎ。ソフィアの提案で、今日は簡易な調査をすることになった。
簡易と言っても、移動距離が短いというだけ。特に重要な箇所である城壁の結界、それが弱まっていていた原因の調査だ。そのため、現在は四人で城壁の外まで来ている。
外壁の周りではすでに軍の調査が行われているのか、所々に甲冑と白いコートの連中が点々といる。そのせいか、行く先々で敬礼をされる――もちろん、ソフィアに対してなのだが。
「レオ曹長、何かあったかな?」
「いえ、特には……」
「うーん、そうだよね……何か、なんて漠然と言われても、探しようもないと思う。私のほうでも色々探ってみるから、具体的になってきたらまたお願いするね。後、例のもの、よろしくお願い」
「はっ」
近くにいた兵たちが、みな一様に少女に敬礼をするのを見て、なんだかこちらも気持ちが大きくなった気がする。これこそ虎の威を借る狐というやつか、気分がいい――いや、少女の威を借りて大きな顔をしているのは、人としてどうなのだろうか。ふと、レオ曹長から腕をグイっと引っ張られる。見れば、ソフィアたちは移動を開始していた。
「……エルとクラウディア・アリギエーリはさておき、オレはお前を認めてるわけじゃないからな」
それはそうだ、記憶喪失で一時期拘留されていた不審者が、軍のお偉いさんと一緒に悠々といるのもおかしな話。逆の立場なら、自分だって納得していないだろう。だが、こちらだってそれなりの覚悟はしている訳で、少しムキになって言い返そうとした瞬間、掴まれていた腕が離された。
「だが、あの夜、誰よりも早く駆けだしたのはお前……ソフィア准将を守ってくれて、感謝している。我々は、彼女に対して、おっかなびっくりに接することしかできなかった……だから……」
「……あぁ、アンタにもそのうち認められるように、なんとか頑張るさ」
そう言い返すと、男は歯をむき出しにしながら笑った。
「はっ、てめぇがおっちぬのが先じゃなければいいがな」
「嫌な奴だなぁ……ま、見回りご苦労さんってことで」
適当に砕けた敬礼を返し、背中で「けっ」という悪態を受け止めながら、ソフィアたちを追い、横に並んだ。
「レオ曹長とお話ししてたの?」
「あぁ、ちょっと仲良くなってきた」
「そっかぁ、それなら良かった! 軍のみんな、アランさんのことを話すと渋い顔をしてたから、ちょっと心配してたんだ」
「ははは……ところで、城塞の結界ってのはアレのことでいいのか?」
こちらが指を刺した先には、堀に立っている街灯のようなものがある。今のところ、静かに輝いているようで、問題はなさそうだが。
「はい、アレですね」
「うーん……ちなみに、人為的に結界を弱めるっていうのは可能なのか?」
「それは、クラウさんからお話ししたほうが良いかな?」
ソフィアがクラウのほうを見ると、「そうですね、プロですから」と言いながら、クラウが一歩前に立った。
「おぅ、よろしく頼むぞ、プロ」
「ぬぐ、そう煽られるとなんか答えにくいですね……まぁ、結論を言えば可能です。城壁を囲う結界は、魔術と魔獣の侵入を防ぐためのものです。簡単に破壊するなら、相応の魔術をぶつければいいですが……」
「そんなことは出来ないだろ、上に見張りがいるんだ」
そう言いながら、城壁の上を見つめてみる。確かに、灯台元暗しとは言えど、下で何か派手なアクションの一つでもあれば見張りが気付くはずだ。
「はい、そうですね。あともう一つは、結界をぶつけることです。波紋のような物を想定してもらえば分かりやすいですが……ある結界に同質の結界をぶつければ、対消滅します。これだと、魔術と比べればかなり静かに、ひっそりと結界を弱めることは可能と思いますね」
「なるほど。それなら堀の中に立ってる結界に対しても、少し離れたところからでも作用できそうだな」
そこまで言うと、一番奥にいるエルが話し出す。
「仮にクラウの言った方法で弱められたとして、間者がどうやってこの城塞の麓まで来たか……見たらわかるけれど、城塞の外はかなり見晴らしが良い。もちろん、夜の闇に紛れて近づけなくもないとは思うけれど……」
「……まぁ、あんまり現実的じゃないな」
「えぇ、一か所ならまだしも、複数個所やられているとなるとね。あまり下でのんびりしていたら流石に上の衛兵に気付かれるリスクも上がる。そう考えれば、実行犯は一人ではない……多分、複数人いる。それらが一人も気付かれずに、この平野を抜けてこれるとは、ちょっと考えにくいわね」
「あんまり想定したくないが……」
街の中にいる者の犯行、という前に、ソフィアが彼女自身の口元に指を置いているのが見えた。確かに、確証もないのに下手なことをいうものでもない――と、言葉は引っ込めたが、ソフィアはこれから俺が何を言うか、分かっていたのだろうか?
「あー! ジャンヌさん!」
こちらがソフィアの真意について考えている側で、クラウが大きな声を出した。確かに奥を見ると、ジャンヌを筆頭に複数人の聖職者たちが、堀の間に板を置いて結界の側で作業しているのが見える。向こうもこちらに気付いたようで、ジャンヌは周りに指示を出して、こちらに近づいてくる。
「朝ぶりね、クラウ。新しい宿は決まった?」
「はい! ジャンヌさんのおすすめの場所が良い感じで、そこに決めました!」
「そう、それなら良かった」
ジャンヌはクラウに向けて笑って後、すぐにソフィアに向き直って敬礼をした。
「ソフィア准将、結界の修復のほうは順調です」
「はい、ありがとうございます、ジャンヌさん」
「それで、軍の方の調査で、何か分かりましたか?」
ジャンヌの質問に、ソフィアは小さく首を振る。
「すいません、こちらでは何も……でも、どうでしょう。修復していて、人為的に弱められていたという感じはありますか?」
「こちらも何とも。確かに、准将の言うように、あまりに一斉に弱まっているのは確かですから。何者かが手を加えた、と考えるほうが自然のように思われます。とくにこの辺りの結界は、先月入れ替えたばかりですから……自然に消耗した、はちょっと考えにくいですね」
「そうですよね……」
しばらく口元に手を当てながら考え込むソフィアに対し、ジャンヌは覗き込むような姿勢で声をかける。
「……仮に人為的に消耗させられていたとして、どのように実行されたとお考えで?」
「そうですね。一応ほぼあり得ないことを言えば、かなり遠隔で結界を弱める手段があるならそれかと。ちなみに、ジャンヌさんからしたら、そういう方法ってご存じですか?」
「やるとするなら、遠距離からの魔術で消耗させるでしょうけれど……それだと、見張りにバレますよね。それ以外の方法は思い浮かびません」
「私もそうです、なので超遠距離からの操作はあり得ないとします。そうなれば、近距離というか、上の見張りを搔い潜って弱めた訳ですが……」
まさか、ソフィアにはある程度の目星は着いているという事か――この場にいる全員が、少女の次の句を、緊張した面持ちで見つめている。
「……実行犯が堀のそばの地面から生えてきたら、可能かもしれませんね?」
すごくいい笑顔で言い切ったソフィアに対して、こちらとしては脱力してしまう。
「いやソフィア、地面から生えるって、それこそ遠距離から魔術で剥がすと同じくらいの理論の飛躍じゃないか?」
「えへへ、そうだよね……だから、現状だと全く分からないってことで.」
そう言って笑うソフィアに対しては、なんとなくだが違和感があった。本当に分からないなら、もっと申し訳なさそうにする子な気もするが――まぁ、緑の頭の奴とかが適当なので、それが少し移ってきただけかもしれない。
「ともかく、ジャンヌさん、修復のほうをお願いしますね」
「はい、准将。お任せください。何かわかりましたら、私にも共有してくださいね」
二人の金の髪が深々と下がり、その場を後にすることになった。




