9-34:決戦への準備 下
「最後に、右京の戦闘力に関しては未知数ですが、先日の動きを見る感じであれば、JaUNTを利用できる以外はそこまで高い戦闘力はなさそうです……というより、そうであると祈るしかありませんね。
もし彼に熾天使級の戦闘力があるとしたら、正直かなり厳しい戦いになります」
「……それくらいの戦闘力は、あると思って挑んだ方が良さそうだと思うがな」
「そうですね……その場合、対処できるのはアナタしかいません、アラン・スミス。アナタの身体に宿る遺伝子には、デイビット・クラークとの戦闘経験が眠っている……JaUNTをいなせるとするなら、アナタをおいてほかはありません」
「俺の仕事が多いな」
「不服ですか?」
「いいや……やるしかないんだ。文句は無いさ」
実際の所、右京と戦うのは自分を置いて他は無いと思っている。それは、ゲンブの言うような戦力的な意味ではない――これは、アイツと自分との因縁だからだ。
星右京という存在に対する自分の感情は複雑極まる。この星の社会構造を作り上げ、レムリアの民を道具として扱い、少女達の未来を奪った男――直接的に手を下したのはスザクに対してのみかもしれないが、間接的には全ての元凶とも言える男であり、奴に対する確かな怒りの感情もある。
しかし同時に、自分の中にある右京の宿っていた少年との思い出が、彼の本質がそこまで悪い物ではないのではないかと告げているのだ。もちろん、彼の行為そのものは許されざるものであることは間違いないし、戦うことに躊躇はないのだが――単純に首をはねて納得できるというものでもない。
ともかく一つ確実なことは、少なくとも自分以外の者が右京と対峙することは許容できそうにないということだ。その勝敗がいずれであれ――右京が負ければ彼の本心を知る機会が永久に失われるし、勝てば更なる業をアイツに背負わせることになる――その結果に納得できないだろう。
そういう意味では、自分が右京と対峙することに異論はない。JaUNTがどうだとか戦力がどうとか以前に、アイツを止めるのは自分でなくてはならない、そんな気がするのだ。
そう決意を新たに拳を握っていると、ゲンブの「とはいえ」という言葉が耳に入ってきた。
「恐らく右京は周囲の補助に徹するでしょう。一か所に固まる我々のうち、一人を狙うのは容易ですが、同時に背中を護り合っていれば簡単にこちらに手出しは出せないはずです。
なにより……彼は力での勝負より、盤上を動かすのを好む。自分の手を汚すのは、勝ちを確信した時か、自分が動かざるを得ないと判断した時……彼はそう言う男ですよ」
自分の知らない星右京をチェン・ジュンダーは知っている。同じ智謀の士として通ずる部分があるのだろうし、今の言葉は恐らく事実だろう。そして、それは自分の勘もそうだと告げている――要するに、星右京がこちらの前に姿を現したときは、常より更なる警戒をしなければならないということだ。
こちらに対する説明は終わったのだろう、ゲンブ人形は首を回してブリッジに居る全員を一瞥した。
「さて、各々に優先して対応すべき相手を通達しておきます。T3はジブリール、セブンスはアルジャーノンに集中してください。ホークウィンドは二人の補佐……主にセブンスをお願いします。
また、私も可能な限り、三人の援護にまわります。私たちのトリニティ・バーストが単純な戦闘力で言えば一番の便りですから、我々が敵の中枢を相手に大太刀回りをする必要がありますね」
初期の古神メンバーに対してそう告げて後、人形は修道服に身を包む二人の少女の方を見る。
「次に、アガタ・ペトラルカとティアの両名は、ルーナの対応をお願いします」
「あぁ……一番許せない相手だからね、異存は無いよ」
ティアは魂の同居人の尊厳を踏みにじった偽りの女神を許せないのだろう、低い声で人形の提案を受け入れた。
「アシモフは艦内に残り、他の者たちが動きやすいようサポートを、アズラエルはピークォド号に近づく第五世代型アンドロイドの迎撃に専念してください……帰りの足が無くなるのも困りますからね」
「言われるまでもない」
エルフの長とその守護者が頷いたのを見て、人形は最後に改めてこちらに視線を注いでくる。
「そして、アラン・スミス……繰り返しですが、アナタはリーゼロッテ・ハインラインの対処と管制室の制圧を。リーゼロッテが宿るその体はエリザベート・フォン・ハインラインの物ですが、手心を加えられる相手ではないということだけは理解しておいてください」
「……覚えてはおく」
エルの身体を操る者と対峙しなければならない――その対処が自分にしかできないとしても、あまり気乗りのする話ではなかった。
先日のエルフの集落における力の解放を思い返せば、ゲンブの言うように加減ができる相手でないのは百も承知だ。しかも今度はリーゼロッテの戦闘パターンを模したプログラムでなく、その戦闘技術を磨きあげた本物が出てくるとなれば、前回以上の苦戦が想定される。
しかし、その器はこの星で自分が初めて出会って、共に戦ってくれた大切な仲間の物だ。エリザベート・フォン・ハインラインの帰る場所が無くなることは絶対に避けなければならない。
決戦を前に武神を滅するという覚悟が決まっていないのも情けのない話かもしれないが、同時に自分としてはエルを取り戻すという覚悟がある。
ともなれば、人形の念押しに対しては、自分は生返事を返すことしかできなかった。ついでに、星右京も相手をするとなればかなり気が重くもあるのだが――しかし、この星の未来のために、無念に散っていった少女たちのためにもやるしかない。そう覚悟を決めたのだった。
次回投稿は、金曜日の投稿が難しいので9/30(土)を予定しています!




