9-33:決戦への準備 中
「さて、それでは作戦を通達します……とはいっても、今回の作戦は非常にシンプルです。作戦の目的はただ一つ、ヘイムダルに存在する敵勢力の殲滅です。一番の目的は七柱の虚構をアシモフに暴いてもらうことですが、それをするには必ず配置されている第五世代型アンドロイドとジブリール、ルーナ、アルジャーノン、そして右京と……リーゼロッテ・ハインラインと戦う必要があります」
「ルーナには戦闘力はあるのか?」
人形の言葉に自分が割り込むと、ゲンブがアガタの方を一瞥した。確かに、ルーナのことならレムやアガタの方が詳しいだろう。
「ルーナの宿るセレナという器は、枢機卿クラスの神聖魔法に加えて七星結界、それに高度な……えぇと、確か戦闘プログラムがインストールされています。彼女自身に戦闘経験はほとんどありませんが、その戦闘力自体は折り紙付きです」
「とはいえ、旧世界でローザ・オールディスの戦闘記録はない。プログラムに即した技術のみで実戦経験が無いのならば恐れるに足らぬ。知っていることと出来ることは別物であるからな」
補足したのはホークウィンドだ。自分も彼の意見には賛成だ――戦闘中に頭を使っていない訳ではないが、そう精密且つ緻密に思考している時間がないのも確か。常に経験則で動くのも危険なのかもしれないが、同時に刻々と変化する戦況に対して直感から反射で身体を動かすことも大事である。戦闘経験が無いということは、理論はしっかりしていたとしても、迅速に身体を動かすには必ずラグが出るだろう。
ともかくルーナの戦闘力についての共有は終わり、再びゲンブに主導権が返された。
「続けましょう。我々がやるべきことは、戦力を分散させずヘイムダルで暴れまわり、敵を殲滅することです。とはいえ、第五世代型アンドロイドまで相手にしていれば、それだけ消耗も激しい。そこで……」
人形はそこで言葉を切り、ガラスの瞳をこちらへと向けてきた。
「アラン・スミス。アナタには単身で管制室を制覇してもらいます。管制室から右京の影響を排除できれば、レムが直接コントロールを奪い、中に居る第五世代型アンドロイド達を無力化出来る……それまでの間、他の者たちは一か所に集まり、敵の攻撃を凌ぐことに専念します。
管理室へ潜入するのは、ADAMsによる移動の速さと第五世代型を見分ける能力を持つ貴方がうってつけ、という判断です」
「軍師チェン・ジュンダーにしては、随分と短絡的な策なんだな」
「というより、そう言った策しか通用しない、というのが正直なところですね。下手に戦力を分散させれば、右京のJaUNTで強力な敵が瞬間移動で送り込まれ、こちらが各個撃破されてしまう。
そう言う意味では、互いにフォローしやすいように一か所に集まるのが、上策でもなければ下策でもないというラインに落ち着く……時間をかけて考えても、結局これしか出てこなかったのは申し訳ないことではありますがね」
申し訳ない、という割にゲンブの声は軽い。もちろん、気軽に構えているわけでもないだろう。戦略面で見ても星右京がいる以上、奇策も通じにくい――そうなれば、彼我の戦力差が大きくても、少しでも敗因を減らせる無難な策に落ち着いた、そんなところか。
「懸念事項としては、アルジャーノンもそうですが、やはりジブリールとハインラインですね。この二体に対しては、ADAMsが必須になりますから……」
「……とはいえ、リーズは必ず原初の虎を狙うでしょう。そうなると必然的に、ジブリールの相手はアナタにしてもらうことになります、T3」
老婆の言葉に対してT3は無言のまま頷き返す傍らで、ゲンブはナナコの方を見ながら話を続ける。
「アルジャーノンに関しては、先日のように第八階層を撃ってくることは無いでしょう……アレは長大な演算を要するので撃つのに時間が掛かりすぎますし、威力がありすぎますからね。向こうもヘイムダルを吐きでない以上、あの火力を懸念することは無いと思います。
それでもなお、飛翔の魔術に七星結界まで扱う強敵ではありますが、ミストルテインがあれば仕留めることは可能なはずです」
「……ソフィアの仇、私が討って見せます」
ナナコは傍らに置いてある大剣を一瞥しながら人形の言葉に対して頷き返した。




