9-30:アガタの本心 上
「さて……私は、幼少のころからレムの声を聞くことが出来ました。本来なら、そう高頻度では彼女も語り掛けてこないらしいのですが、ちょうど私たちの世代で魔王が復活し、併せて想定されるチェン・ジュンダーの暗躍に備えて、早めに私とコミュニケーションを取っておこうと考えたようです」
「ふぅん……ちなみに、君はレムのことをどう思ってるんだい?」
「変な神様ですわ」
アガタはあっけらかんとした声色で、しかも滅茶苦茶に良い笑顔で答えた。自分で聞いておいてなんだが、信仰する神を評価するなど恐れ多いとか言いそうなクラウとは正反対の対応と言える。
「おいおい、良いのかい? 自分の信じる神をそんな風に言って」
「正確には、面白い神様と思っていた……が正解でしょうか。私が幼少の頃は優しく声を掛けてくれましたが、同時にユーモアに溢れて、不思議な言葉を使って……きっと、幼い私に気を使ってくれていたのでしょうね」
「ふぅん……表向きは慈愛の女神と吹聴しているどこぞの不届き物とは正反対だ」
「そうですわね。厳格な神と言われるレムですが、実態としては優しく気さくなのですから。ですが、気さくなだけではありません……最初の内こそ面白くて好きな人という認識でしたが、彼女は私が本当に小さいころから、一人の人として尊厳を持って接してくれました。そういった真摯な想いは、幼いうちにも理解できるものです……ですから、次第に彼女への想いは尊敬に変わっていきました。
正直に言えば、今でも私は彼女のことを、絶対唯一の信奉対象とは見なしていません。ですが一方で……親愛なる我が主君、という風には認識しています。レムが神だから仕えているのではなく、レムという人格に親愛を覚えているから……私は彼女のために戦えるのです」
本当に、どこぞの神とは正反対だ。クラウも最初からレム派であれば良かったのにと思ってしまうほどだ。そんな風に思っていると、アガタが一息ついてから口を開いた。
「ちなみに、魔王征伐に関しては、当初は私は参加しない予定でした」
「そうなのかい?」
「えぇ……チェンの暗躍に備えるのなら、私自身が自由に動ける方が良いですから。しかし、海と月の塔に召還された勇者が右京だと知り、レムは急遽予定を変更せざるを得なかったのです」
「レムはチェン以上に、右京のことを警戒していたから……かな?」
こちらの質問に対し、アガタは頷き返した。
「恐らく、右京自身もチェンを警戒しての受肉だったのでしょうが……元々七柱の計画に無かったことですから、レムは右京に対する一層警戒を強めました。
同時に、右京と共にあればチェンにも接触するだろうからと、急遽私が入れ替わる形になったのです」
「なるほどね……まぁ、腑に落ちたよ。君が勇者のお供にになるつもりなら、もっと早い段階で選ばれるように動いていただろうし、最初からクラウが候補に挙がることすらなかっただろうしね」
「えぇ……ルーナがレム派の伸長を嫌ったのは事実ですし、夢野七瀬の代ではレム派が魔王征伐に参加していたので、そう言う意味でも本来ならルーナ派から勇者のお供を出せば良いかなと考えていました。
ですから、元々はアナタに……クラウディア・アリギエーリに勇者のお供を任せようと思っていたのです。それで……」
「……もう謝らなくていいからね」
「……えぇ、ありがとう、ティア」
こちらの言葉に、アガタは胸に手を当てながら微笑を浮かべる。そして一息ついて、普段通りの目つきに戻った。
「さて、後のことは大体お伝えしているかと思いますから、この話はこれくらいに……」
「いいや、まだ聞いてないことがあるよ」
「なんですの?」
「そんな重大な使命を持っている君が、田舎娘であるボクらに親しくしてくれた訳を教えて欲しい」
自分としては、改めてアガタのクラウに対する感情を確認しておきたい。別に無理に把握しなくても良いのではあるが――彼女は今まで自身の本心を、使命という名のベールで覆い隠していた訳であるので、今ならその裏にある本心が聞けるかと思った形だ。
しかし、自分の予想に反して、アガタは表情を強張めた。もう少し照れるなり、本心を語るのを恥ずかしがると思ったのだが――何故だか淡々とした調子で語り始めた。




