9-27:神薙の巫女 下
「話は戻すが……鷹風流の極意、確かに伝えたぞ。無論、先ほどのように素手で金属を断ち切るなどしなくてもよいが……」
「あぁ、重要なのは望むこと……限界を超えようという意志を持つこと」
「うむ、そうだ」
「でも、もしゼツエイとやらを使うとなれば、タカカゼ流とやらを襲名したほうが良いかな?」
「質問を返すようだが、何故そなたの技はカンナギ流と言うのだ?」
「それは、クラウがそう名付けたからなんだけれど……」
恐らく、彼女がハマっていた絵本に登場したニンジャが使っていた流派だったような気もするのだが――割とこだわりの強いクラウのことだから、自分なりに名づけたような気もする。
「……カンナギとは、どのような字を当てるかにもよるが……概ね、神と交信し神意を慰める者を指す言葉だ」
そう言いながら、ホークウィンドは立ち上がり、先ほど使っていた黒板に「神凪」という記号を――恐らく旧世界の文字なのだろう――表した。その文字は、信心深く敬虔な信徒であるクラウには当てはまるだろう。しかし――。
「ボクにはしっくりこないね」
「そうであろうな。だが……カンナギという音には、もう一つ当てられる漢字がある」
男はその更に隣に、今度は「神薙」という文字を付け足し、顔をあげてこちらを見据えた。
「この薙、という漢字には薙ぎ払うという意味がある。もちろん、これも前述の意味で使われるのが一般的だが……拡大解釈してみれば、神を薙ぎ払う者、という意味として取れなくもない」
「なるほど、カンジというのは面白いね。ボクにはそっちの方がしっくりくる」
神を薙ぎ払う、今の自分にはぴったりだろう。もちろん、七柱の創造神というのも実体としては古代人がこの星を管理するのに都合の良い肩書に過ぎず、拡大してみれば敵は神などではないのかもしれないが――しかし自らを神と呼称し、レムリアの民を管理していた偽りの神々の打倒を目指す自分にとっては、神薙という響きはピッタリなように思われた。
「うむ。言葉や名前にも魂は宿る。使い慣れたモノが良いだろうし……それに、言葉の意味を知らぬのに付けたにしては数奇な名前だ。そなたの神薙流に、私の技を応用して付け加えていくのが良いだろう」
そう落ち着いて話す我が師匠の声色は、穏かそのものだ――今のアランやかつてのT3など、触れれば切れるような復讐者とは一線画す達観が見えるというか、どこか忘我の境地にあるように見える。
「……アナタからはあまり復讐しようという気概を感じないね」
「そうだな……より大切なモノが出来たからだろう」
「……大切なもの?」
「あぁ、それは仲間だ。思い返せば、私はこの復讐の旅路の中においても、仲間には恵まれていたように思う。べスター、グロリア……長らくゲンブと二人であったが、次第に仲間が増えていき……T3やナナコ、それにティア……そなたらに会えたからな。
今の私は復讐だけではない。若い者たちが一人でも多く生き残れるようする……それが私の最後の願いだ」
「止めてくれよ、最後の願いだなんて……アナタからは、学びたいことがまだまだある」
「そうか……そう言ってもらえればありがたいのだがな」
ホークウィンドは一度言葉を切って、息を潜めて辺りを見回した。この様子だと、誰か周囲にいないか確認しているのだろうが――自分の方でも意識を集中させて周囲の気配を手繰るが、一応格納庫内には自分たちしかいないことは間違いないようだった。
「少し言おうか悩んでいたのだが……この体はもう長く持ちはすまい」
「でも、アナタのような旧世界の人間……最後の世代は、人格を転写すればまた活動できるんだろう?」
「うむ……とはいえ、イブラヒムの肉体は諸々と好都合だったのだ。我が忍術に耐えられる素体はそう多くはないし、既に死んでいる素体だからこそ人格を上書きする必要もない。
私としては、いくら大義のためとはいえ、何者かの尊厳を奪ってまで活動するのは本意ではない。同時に……本体がやられては、どの道そんな選択肢すら出なくなる」
男は座ったままの姿勢で右の人差し指で格納庫の床を二度ほど叩いた。
「私の本体は、このピークォド号の中……ちょうどこの下辺りに安置されている。次の作戦行動や、続く戦いの中で……この船が落ちぬとも限らん」
「それを言い始めたら、皆いつやられるかは分からないと思うけれど……」
「そうだな……しかし、本当に言いたいのは自分のことではないのだ。チェンからは口止めをされているが、真実を知る者がいなくなっては困るだろう。もし我々に何かがあった時のために、そなたには真実を伝えておこう」
ホークウィンドから聞かされた話の内容は、自分にとって――それは確実に他の者たちにとっても――朗報と言えるモノだった。しかし、それは有事の際における切り札であり、知る者が少ないほど良いということだった。
「……この話、他の人には言わない方が良いってことだよね?」
「一応、目先はな……とくにアラン・スミスとナナコには言わぬ方が良いだろう。彼らは真っすぐなのが長所であるが、裏返せば単純とも言える……少しの態度の変容が、敵に知られる可能性を生み出してしまう」
「逆を言えば、とくに知らせてあげたい二人でもあるけれどね……ともかく了解だよ」
そこまで話をして、本日の鍛錬は終了となった。まだ決戦までの数日間、彼からは学べることはあるが――願わくば、彼もこの戦いを乗り越えてくれることを何者かに祈るばかりだった。
しかし、自分には祈る神などいない。そうなれば、祈るではなく願うこと――願うのなら望み、自ら切り開くこと。もうこれ以上大切な人を失うまいと――祈りではなく誓いを胸に偽りの神々と戦い続けよう、そう覚悟を決めたのだった。
次回投稿は9/22(金)を予定しています!




