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2-8:宿から宿へ 下

「はぁ……ちょっと、顔を洗ってくる……」


 眠気が冷めていないのが幸いしたのか、エルはソフィアの直球に対して不機嫌も怒りも示さないまま、お手洗いのほうへと向かっていった。ソフィアもソフィアで笑顔で「はい、いってらっしゃい!」と見送っていた。


「あ、あの、ソフィアちゃん?」

「……はい? クラウさん、なに?」


 きっと、エルが来てくれて安心した上、嬉しかったのだろう、ソフィアはすごくいい笑顔をこちらに向けてきた。それに対して何も言えなくなったのだろう、クラウは「いえ……お気になさらず……」と苦笑いを返していた。


 戻ってくると、エルは大分いつもの調子に近い感じになっていた。そして、テーブル上のサラダにフォークを刺しながらクラウの方を見る。


「それで、宿は決まったの?」

「情報を集めて……というか、ジャンヌさんに聞いて来ました。具体的な話はまだしてないです」

「そう、それで? ジャンヌのおすすめはどこだったの?」

「えぇっと、地図に丸つけてもらってきました……」


 そう言いながら、クラウは荷物から街の地図を取り出し、テーブルの真ん中に広げた。多分、ジャンヌさんは方向音痴なクラウに説明しても無駄だろうと気を使ってくれたのだろう。見たところ、冒険者ギルドよりも南、少し住宅など入り組んだ場所にある宿のようだった。


「なんでも、メインストリートから少し離れている分、質の割にお安くなっているとか」


 説明に頷きながら、エルは地図を見つめている。


「なるほど……ソフィア、駐屯地から十五分くらいだと思うけれど、問題ないかしら?」

「はい、問題ないです……あの、敬語……」

「いらないわ」

「は、はい! ありがとうございま……ありがとう、エルさん!」


 敬語、だけで察するエルの読解力はなかなか凄まじいし、報告のために駐屯地に行かなければならないのを聞いていないはずなのに事前に確認するあたり、なんやかんやでエルも色々気付くタイプなのだと改めて感心する。


 しかし、なんだか蚊帳の外のまま宿の場所が決定しそうだ。これは一石を投じなければならない。


「なぁ、ちなみに俺の意見は……」

「聞いてないわ」

「アラン君、レヴァルの街のこと知らないですよね?」

「あ、はい」


 高速ではいと返してしまった。しかしいけない、女性のほうが多いせいか、このパーティーの中で自分のヒエラルキーが圧倒的に低い。


「あ、あの! とりあえず見に行って、みんなで決めよう、ね?」


 しょぼくれているこちらを心配してか、ソフィアがフォローを入れてくれている。この子は女神か。本物の女神の知り合いよりこの子のほうがよっぽど女神だ。


「まぁ、そうね。どんな輩が泊っているかも分からないし、実地を見てからよね」

「そうですね、流石ソフィアちゃんは良いこといいます!」

「と、ともかく。そんなに遠くないなら、今日はまずその宿を見に行って、すぐに決定しそうなら荷物をそこに置いて、今日は近場の調査。もし他の場所に宿を取るなら、今日は今後のことを決めながら宿探し……で、いいかな?」


 ソフィアは先ほどぞんざいに扱われた俺を気遣ってか、こちらを向きながら同意を取ってくれる。ただ、こちらが返事をする前に他の女性陣から「賛成」「いいですね」と横から入り、すでに多数決は成立してしまった形になる。もちろん反対する意味もないので、こちらも「それでいいんじゃないか」と返事をしておいた。


 ひとまずやることが決まり、エルとソフィアが荷物を持って立ち上がった。こちらも持って立ち上がろうとする瞬間、隣の緑から肩に手を置かれた。


「あの、アラン君」

「なんだ?」

「男の子ですよね?」

「女に見えるか?」

「毛ほどにもそうは見えないアラン君に、お願いがあるのですが」

「嫌だ」


 コイツの言いたいことは分かっている――だからこそ、聞いてはいけない、耳を貸してはいけない――しかし、すごい力で押さえつけられている。


「お、おまっ、補助魔法を使ってるな!?」

「そんなことありませんよー何言ってるんですかアラン君こんなくだらないことに魔法なんて使うわけないじゃないですかハハハーそれでお願いの内容なんですけどぉ……」


 そんな凄まじい早口でまくしたてられると説得力も何もないのだが。しかしまぁ、クラウにも色々借りがあるし、彼女も半分ふざけての提案なのだろう、今回ばかりは吞んでやるか――。


 しかし、彼女の提案を呑んだことを、ちょうど十五分後には後悔することになった。


「ほほーここがジャンヌさんの言ってた宿ですか!」


 本来なら疲弊しているはずだった緑のアイツは、元気いっぱいで到着した宿を指さした。そう、クラウは元気なはず、自分が代わりに彼女の荷物を持って、彼女の背にはこちらの軽めの荷物があるのみなのだから。


「あ、あの、アランさん、大丈夫?」

「あ、あぁ、大丈夫……ごひゅ」


 ソフィアの優しさに対して、先ほどの緑と同じような変な息で返答してしまった。しかし、何故にこれほど重いのか――大の大人、一人分を背負っているような重みがある。ここまではエルが先導してくれたのだが、すいすい進んでしまうので、我ながら良く遅れずに着いてこれたと感心する。


「とりあえず、外観はいい感じね」


 そう言いながら、エルが真っ先に宿の戸口を開けて中に入っていった。確かに、街はずれの一角、住宅街の端っこという立地ながら、歴史を感じる雰囲気のある石造りに、ツタの絡まる雰囲気のある四階建てで周囲より一つ抜けた建物で、見た目は実にオシャレである。


 エルたちに続いて、扉を開けてくれているソフィアの横から中に入ると、店内も中々雰囲気が良い。一階はロビーと食堂なのだろう、木材で作られた内装と赤い絨毯がリッチな雰囲気を醸し出している。とりあえず、荷物を置いて、ソフィアとともに暖炉の前にあるソファーに座って息を整えることにする。


「……クラウ、どうする?」

「これくらいの金額なら、丁度良い感じじゃないですか?」

「そう、それならここで決定でいいかしらね」


 すでにエルとクラウが店主と、チェックインに関する話をしているようだ。少しして、クラウがこちらへ来た。


「大部屋は五十、シングルの個室が三十ゴールドだそうです。値段設定はギルドの二階と変わりませんが、宿としてのグレードはここの方が二段くらい上かと」

「そうか……それなら、ここでいいんじゃないか?」


 実際、女の子の多いパーティーなので、他の宿泊客の雰囲気や周囲の治安も大切だろう。店が周りに多くない分、酒を好む冒険者もここは利用していなさそうだし、ギルドと値段が変わらずグレードが上がるなら自分としても上等だった。


「ソフィアちゃんも、ここで大丈夫ですか?」

「うん! 素敵な所だから、私もここがいいな」

「分かりました、それじゃあここに決めちゃいましょう!」


 クラウはカウンターのほうに戻って、何やら記帳を進め、そのまま袖からお金を払ってこちらに戻ってきた。そして、なぜかすごくいい笑顔で俺のほうを見た。


「アラン君、高いところ好きですよね?」

「……今だけ嫌いになりたい」


 後から聞いた話によれば、大部屋が四階にしかないという話なだけではあったが。とはいえ、階段を荷物を持ちながら上る際に、あの緑だけはいつか泣かす、そう心の奥底で誓ったのだった。

【作者よりお願い】

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