9-25:知的生命体における自己規定の考察 下
「不思議なものよな。人は、自らを勝手に規定し、その限界を勝手に決めつけてしまう……いや、自然言語処理できる知的生命体は皆そうなのかもしれない。
肉の器に無い第五世代型アンドロイドも、七柱の決めた規定のルールの中で可能、不可能を決めてしまうし……全ての歴史を刻み、莫大な知識を持つレムも、自らがAIだという理由で善悪の判断を出来ぬと自己規定していると聞く。
なまじ言語による定義が出来てしまうせいで、自らに限界という名のラベルを貼ってしまうのだろうな……逆に、可能を定義し、可能性を追究すればいいと思うのだが」
そう言いながらホークウィンドは立ち上がり、こちらにも立ち上がるように促してきた。そのまま大きな背に着いて行くと、格納庫の端にある放置されたままの機材の前まで辿り着いた。
「ティア、お主は素手でこれを真っ二つに出来るか?」
古びて多少はもろくなっていると言えど、自分にとっては未知の金属で出来ているそれを、神聖魔法や武器も無しに両断することは出来なさそうだ。
「いや、厳しいかな。へこませることくらいは出来るかもしれないけど、真っ二つとなると……」
話の流れ的には、ホークウィンドなら一撃で破壊できると言うことなのだろうが――案の定、黒装束の男は頷いて後、構えを取って大きく呼吸を吸い――そして目にも止まらなぬ速さで縦一閃、いつの間にか巨体が手刀を振り下ろしているという結果が残り、同時に金属の間に流線が走った直後、機材は真っ二つになって床に転がった。
「加減はしたが……これが鷹風流奥義、絶影。全力で放てば、第五世代型アンドロイド……熾天使の装甲すら破壊し、断ち切ることが可能だ。内なるチャクラを練り、手先に集約して放つという動機付けはしているが……何のことは無い、切れると思うから切れるのだ」
「いや、それは滅茶苦茶な気がするけれど?」
「肝心なのは、己を信じること……勿論、日々の修練や技の鋭さそのものが基礎にあるのは間違いない。だが、それらを爆発的に高めるのは、己なら可能であると信じ抜くこと……そして、そうあれかしと望むことだ」
ホークウィンドは倒れた機材の間に座り込み、自分も再び男の正面に座り込む。
「このように自分になら出来ると信じることで、世界は自らの望む形となる。これが我が鷹風流忍術の極意……火遁などの他の術など些末なことで、重要なのは想いを形にすることだ。覚えておくが良い」
「なんだか難しいな……ボクは自分のことを、そこまで信じられそうにないし……そうあれかしと望むことも、ボクには出来ないんだ」
「それなら、もっとシンプルにしよう。望むというのは、自身のためでなくとも良い……誰かのためであったって良いのだ。そなたは元々、主人格の幸せを望んでいた……これでなにも望めぬというのは、おかしな話であるまいか?」
「なるほど……いや、確かにそうかも……」
ホークウィンドの言うことは、確かに一理あるように思える。とくに自分に関しては――自分はクラウに付属する従属的な人格に過ぎないと自己を規定してたから。望むのはいつだって彼女のものだと思い込んで、自身の気持ちを見つめなおしてこなかったのかもしれない。
「そなたの心中を、分かるなどと安易なことは言いはするまい。主人格を失ってしまったというのは、主君を失うに等しい……そこには深い絶望があるはずだ。
しかし同時に……今そなたの中には、未来へと向けた願望があるはず。その想いを糧とし、前に進んでいけば良い」
ホークウィンドの言葉を改めて胸に刻み付け、自分のやりたいことを考えてみる。とはいっても、答えはすぐに見つかった。先ほど抱いた想い――この場に自分が居ると、確かに定義してくれた彼に報いるため――。
「……ボクはアラン君の役に立ちたい。クラウとの約束でもあるけれど……それ以上に、ボク自身が彼の支えになりたいと思う」
言葉にした瞬間に胸がチクリと傷んだのは、きっとこの願いを抱くことがクラウに対する裏切りだと思っている自分が居るせいかもしれない。以前にクラウをからかうように言ったこと――君がアプローチをしなければ自分が取ってしまうと言ったこともあったが、アレは本心ではない。むしろ、クラウに発破をかけるための言葉であり、本当に自分がクラウに代わって彼を支えることになるなど、思ってもいなかったのだから。
しかし同時に、確かな事実も存在する。クラウが好ましいと思う相手は、自分も同様に好ましいと思うと。クラウの影から、自分だってずっと彼の背中を見続けてきたのだ――仲間を想い、強く駆け抜けていくその後ろ姿に惹かれていたのは、何も我が主だけではなかったのだ。
そんな葛藤に悩む中、自分の言葉を聞いたホークウィンドは、目尻に皺を寄せて大きく頷いてくれた。
「うむ。良い願望だ……己に向く願望よりも、他者を思う気持ちはより技を研ぎ澄ませてくれる」
他人に肯定されることで、自分の抱いた想いが間違えていないと思え、少し安心し――同時に、しみじみと語るホークウィンドに対する興味が沸いた。それ故、ここからは彼に過去について質問してみることにした。
今回も元々1話だった分を分割したので、次回投稿は明日9/20(水)を予定しています!




