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9-23:アシモフの母子 下

「モノリスに触れることで飛行能力という稀有な能力を授かったあの子は、重要なサンプルとしてDAPA極東支部の最上階……通称鳥かごに封印されていたの。虎がその鳥かごをこじ開けてしまうまでの間はね」

「それで……復讐者となった我が子の腕だけ残したのはどういう了見だ?」

「あの子の遺伝子情報を残したいといったのは私ではなく、右京とゴードンよ。ゴードンに関しては、彼女の飛行能力を研究したかったようね……それで、実際に飛行の魔術も編み出したようだけれど。

 右京に関しては、もしかしたらあの子と共同生活をしていた時間があったから、少し情があったのかもしれない……まぁ、そんな男でもないと思うけれど。ともかく、第六世代に融合させて、精神の状態を研究していたのは彼と、私の部下の生物学研究者たちよ。それが、人格の転写という技術に対して一定の成果をあげた訳ね。

 一方、当時の私は、むしろあの子の完全な消失を願った……だから、本当ならあの子の肉体を完全に消去させたかった」


 キーボードを打つ音が止まり、辺りを静寂が支配する――エルフの老婆は両腕をだらんと下げながら首をあげ、どうやら虚空を見つめているようだった。


「一万年という時間の中で、度々あの子のことを思い出すことはあった。エルフの長として過ごすようになってから……とくに最近は、あの子のことを思い出す頻度が増えていた。

 きっと、肉の器にある第六世代型アンドロイド達を数多く見てきたおかげで、やっと子供というものが理解できて来たおかげなのでしょうね……いいえ、理解する必要なんか無かったんだわ。子供というものはそういうものだと、受け入れるだけで良かったのよ」

「……後悔してるんだな」

「後悔などという言葉で片づけられるほど、私の罪は軽くない。きっとあの子が生きていたら、今は私が言ったことを欺瞞、偽善と笑ったでしょうね」


 果たして、アシモフのグロリアに関する推測が正しいかは分からない。自分から見たグロリアは、気は強いものの根は善良であり――ここまで後悔している母を許さないというのは想像できない。


 しかし、それはあくまでも自分から見たグロリアであり、真にあの子の心中を察せているわけではないだろうから――そしてもうそれを知る機会も失われてしまった訳だが――アシモフの推察が正しいとも言えるのかもしれない。


 何にしても、もはや全ては過ぎ去ってしまったことであり、実際の所はもう分からない。スザクが極地基地に散った以上、母子の関係性が修復されることは永久に無くなってしまった――それだけなのだから。


 そんなこちらの思考をよそに、アシモフは自嘲的な笑みを浮かべながら話を続ける。


「レムには感謝しているわ。もし彼女に誘われなかったら、私は罪を贖う機会すらなかった。もはや、自分のしでかしたことを清算してすら許されないでしょうけれど……せめて自らの罪に終止符を打って、彼と一緒に永久に眠ろうと思う。

 ただ……せめて、もう少しあの子と話す時間を取るべきだった。ナナコに話し合いの時間を取ったらどうかって、言われていたのだけれどね」


 そこまで言って、アシモフは再び作業に戻った。おおよそ聞きたかったことは聞けたし、これ以上話しかけると作業の邪魔になるから、そろそろ退散すべきか。自分は席から立ち上がり、扉の方へと歩いていく――その時ふと、あと一つだけ聞きたかったことがあったのを思い出し、振り返って老婆の背中に疑問を投げかけることにする。


「最後に……アンタは、俺を恨んでいるか?」


 自分の質問に対してアシモフは一瞬だけ手を止めたが、すぐに作業へと戻り、淡々とした調子で語りだす。


「少なくとも、感謝をする義理はありません。見せかけのモノであったとしても、アナタは私の家族を滅茶苦茶にしたのだから。

 ただ、アナタはあくまでも原初の虎のクローンということも理解している。だから、娘の件も夫の件も、アナタに対してとやかく言う気はないわ。今のアナタに……その身に刻まれている遺伝子に期待しているのは、右京たちの首を狩ることだけ。かつてDAPAの要人を殺して回ったその殺しの術を、存分に発揮して頂戴」

「……了解だ」


 それは、望まれるまでもない――どれだけ取り繕うとも、胸に燃える怒りの炎は収まることは無い。極地基地に散った仲間の仇のため、奴らに復讐してやろうというのは変わりないのだから。そう思いながら、自分はデッキを後にすることにした。

次回投稿は9/19(火)を予定しています!

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