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9-22:アシモフの母子 上

「貴方は強いわね、アラン・スミス」

「そんなことはないさ……俺があまりにも酷いもんだから、T3に殴られたところだ。それに、アンタだって戦うための準備をしているじゃないか」


 彼女の背後にある機材を指さすと、アシモフは一度頭を振ってから椅子を回し、再びキーボードに何かを打ち込み始めた。


「自分でも驚いているわ。あの子を改めて失って、しばらくは呆然としてしまったけれど……今は、せめてこの凄惨な実験に終止符を打たないといけないと、やっと本気で向き合うことが出来たから。

 レムに打診されて付いてきたけれど、私は今まで上の空だった……もちろん、右京達を止めなければとはずっとどこかで想っていたけれど、グロリアを二度失って、やっと本気になれたの」


 それでは、あまりにも遅すぎたかもしれないけれど――老婆はそう付け足して自嘲気味に笑った。


 娘を二度失うなどという経験をした母親は、彼女をおいて他にはいないだろうが――娘を失ったのが本気になる契機であったとするのなら、自分が想定していた以上にアシモフはグロリアに対する愛情があったのかもしれない。


 いや、それでは人体実験などをさせた理由にはならないか――しかし、時間が経って考えが変わった部分もあるだろう。ともかく、その辺りは本人に聞いた方が早そうだ。


「今更だが聞いていいか? なんで、アンタは自分の娘で人体実験なんかをしたんだ?」

「……あの子から、目を背けたかったから」

「はぁ……?」


 予想をしていなかった解答に対し、自分は素っ頓狂な返事を返してしまう。一方、こちらの反応などお構いなしと言った調子で、アシモフはキーボードを打ち込みながら話を続ける。


「私の本来の専攻は、アンドロイド心理学なの。彼らは……私が携わった第三から第五までの世代は、概ね人間がプログラムしたように動く。人が定義した概念が矛盾を起こして、エラーを生じさせたり、予想外の行動を取ることがあるけれど……それを防いだり、改善するのが私の学問であり仕事だった。

 アンドロイドが人と生活をするのに、危険があったら困るでしょう? それを未然に防ぐために、DAPAの一角であるアシモフ・ロボテクスカンパニー社は、アンドロイド心理学の研究室を置いていたのよ。

 彼らの心理を研究するのは楽しかった。乱暴に言えば言葉遊びだけれど、ある概念がアンドロイドにどう影響を及ぼすのか、同時にエラーを起こさずに実装するにはどうコーディングすればいいのか……それがぴたりとハマった時が快感だったの。

 言ってしまえば、アンドロイドの思考にはある程度の整合性があり、エラーを起こさないようにするのにも一定の答えがある。私は、ずっとそう言う世界で生きてきたのよ」


 アシモフは淡々と話していたが、ここで一度言葉が途切れ――キーボードを打つ音も止まり、老婆は視線を落として背中を丸めた。


「……本当は、子供が欲しかったわけではないけれど。一時の気の迷いで身ごもってしまった私は、夫の願いもあってグロリアを出産した。でも、私の子供はあまりにも不条理で、答えのない存在だった……だから、私はあの子が嫌いだったのよ」

「アンドロイドの方が素直で従順だったから?」

「えぇ、そういうことよ……それで、私はDAPAの能力開発室にあの子を押し付けたのよ。そこに押し付ければ、私はあの子の我儘に振り回されずに済む……また、思いっきり研究が出来ると。

 夫も最初の内こそグロリアを可愛がっていたけれど、すぐに娘に対する興味を失っていたわ。それに、あの子は能力開発でも優秀な成績を収めていたし、その子がモノリスに触れる影響を見たいという研究者は多かった……」


 先ほどの予想が当たっていたということなのだろう。元々、ファラ・アシモフは我が子のことを疎ましく思っていた。正確に言えば、距離の取り方が分からなかったのかもしれない。


 グロリアより以前に彼女が手がけた第五世代までのアンドロイドは理性的な存在であり、ファラ・アシモフにとっては御しやすい存在だった。そして、彼女にとっては子供とはそう言う存在であった――それがアシモフ親子の不幸の始まりだったのかもしれない。


 同時に、先日クラウがモノリスに触れた時のことを思い出す。天変地異を起こすほどのアルジャーノンの魔術から船を護り切ったのだから、高次元存在が残した遺物に触れるということは、確かに超越的な力を人に授けるようであり――科学者として、倫理観よりも研究欲が勝ったため、疎ましく思う我が子に超常的な力を押し付けるのが当時のアシモフにとっては正解だったのかもしれない。


 だが、それが今のファラ・アシモフにとって正解とは限らない――彼女は作業を続けながらも静かに話を続ける。

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