9-18:ナナコの決意 中
「……どこまで話したか」
「えと、魔王ブラッドベリと戦って直前まで聞きました!」
「そうだったな……ナナセは魔王ブラッドベリに停戦を申し込んだが、その願いが受け入れられることは無かった。
とはいえ、レムリアの民と魔族は、七柱によって本能レベルで争い合うように作られている……そうなれば、どの道共存の道はあり得なかったはずだ。その時のブラッドベリは七柱に仕組まれていることまでは知らなかったはずだが、事の本質は理解していたのだろう……それ故にブラッドベリはナナセの提案を拒み、同時にレムリアの民を護るため、勇者ナナセ・ユメノは魔王に剣を向けた」
自分の言葉に、セブンスはまた悲し気に視線を伏せた。同じく七柱の掌で踊らされている者同士、争わなければならなかったことに心を痛めているのか――いや、単純に戦わなければならなかったという事実が悲しいのだろう。
「……激戦の末、我々は魔王に勝利した。そしてブラッドベリは、自らが封印されている間は……もしナナセが魔族を救えるというのなら頼むと、そう言い残して封印された。ナナセも、魔族が世界に受け入れられるように七柱に頼んでみると……ブラッドベリに約束したんだ。そして……」
「ナナセの願いが受け入れられることは無かった。それどころか、夢野七瀬は七柱の創造神に亡き者にされた……ですよね」
この先は話すのを止めようか、そう想っていた矢先にセブンスに先手を打たれてしまう。ナナセもそうだったが、セブンスは普段はお茶らけていて鈍いのに、妙な所で勘が鋭い――こちらが話をはぐらかすのを見越して、こちらの退路を塞いで来たのだ。
セブンスは真剣な面持ちで、こちらをじっと見つめている。その先こそ知りたいのだという気持ちが表情に現れているようだ。こちらとしては、話さないという選択肢もあるのだが――話したくもないのだが――どうやら話すまで納得もしてくれなさそうだ。
セブンス、ナナセのクローン、それが自分の内側の深い部分に踏み込んで来ようとしている。この先を思い出すことが自分にとっては重荷であるものの、彼女の視線自体は不快ではない。
ここで話をはぐらかしたとしても、聞き出すまで自分に付きまとって来るだろう。それならば――こちらも覚悟を決め、自分の中にある最もおぞましい記憶を言葉として紡ぐことにする。
「……ナナセは、元の世界に戻る決断をした。帰る場所など無いのにな。だが、そんなことはナナセも私も知らなかった……だから、私は元の世界へ帰ろうとするナナセを見送るために海と月の塔へと着いて行った。本来なら勇者しか立ち入りできないのだが、無理を言って最後まで付き従ったのだ。
そして最上階に待ち構えていたのは、ルーナとアルジャーノン、それに他の七柱共もホログラムとして鎮座していた。
ナナセは最上階に着くなり、ブラッドベリとの約束を……魔族とレムリアの民の共存を申し入れた。共存が不可能なら、せめて魔族に土地を与えて、人と魔族が互いの生存権を脅かすことなく、永久の停戦ができないかとな。
しかし、七柱共はナナセの意志など聞く気はなかった……そうだろうな、魔王征伐という剪定システムが無ければ、第六世代型アンドロイドの管理コストが上がってしまうのだから……」
話しているうちに、自らの鼓動が速度を増しているのを感じる。目を閉じると、瞼の裏にあの日の光景が鮮烈に蘇ってくる。そう、一日だって思い出さなかった日はない。三百年の間、何度もリフレインした記憶。復讐の虎の行動を動機付ける、忌まわしくも忘れてはならない、彼女との最後の思い出――。
「いち早く異変に気付いたのはナナセだった。私は、そもそも魔族との共存には最後まで懐疑的だっただけでなく……もちろん、ナナセとの旅を通して、その理想自体は否定すべきものではないと考え始めていたが……そもそも、七柱の創造神たちを疑う脳を持っていなかった。それ故に対応が遅れたのだ。
ことが起こった時には、ナナセは私を庇い……私も無傷では居られなかったが、しかし致命傷は避けることができた。ナナセは、もう手遅れだったが……最後の力で私が逃げられるように聖剣で壁に穴を開け、そして……」
『アナタだけも生き残って、アル……』
彼女の体から吹き出た鮮血の温かさは、まだ頬に残っていると錯覚するほどだ。最後まで私を安心させるべく、重傷を負いながらも笑顔で自分を逃がしてくれたナナセ――この光景が自分の原動力である。ナナセの高潔な願いを無下にし、いともたやすくその命を奪い去った七柱の創造神共――奴らを絶滅させるまで、この身を復讐の刃とすることを誓ったのだ。




