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2-7:宿から宿へ 上

 クラウとエルの見舞いがあった次の日、目が覚めて時計を見ると、朝八時半であった。ベッドから起き上がり、カーテンを開けてみると、今日も本日も快晴、体の調子も大分戻っている感じがした。


 軽く身支度を済ませても八時四十分、宿を変える可能性もあるので、荷物をまとめて――と言っても、簡単な装備とお金くらいしかないが――まだ時刻は四十五分。まぁ早めに席を取っておいても損がある訳でもなし、ひとまず食堂に降りることにする。


 階段を降りると、一つのテーブルに見覚えのある金髪の少女が座っているのが見えた。あちらもこちらにすぐに気づいたらしく、パッと笑顔になって手を振ってくれる。


「アランさーん。おはようございます!」

「あぁ、ソフィア、おはよう」


 こちらも軽く手を振り返しながら、少女の座る席に近づく。見れば、荷物入れを座っている椅子の横に置いているのが見える。荷物の量はスカスカでもなく、パンパンでもなく、適量、と言った感じだ。


「それ、荷物か?」

「は……うん、私はいつもで詰所に帰れるので、数日分の荷物があれば良いかなって」


 はい、と言いかけたのを止めたのだろう、少したどたどしい口調だが、ソフィアは敬語を使わずに返事をしてきた。


「おぉ、ちゃんと練習してきたんだな?」

「うん、駐屯地の隊員の人たちと話するときに、お互いに敬語を止めようってお願いしたの。でも、みんな途中で目をそらしてしまって……どうしてだろう?」


 恐らく、上官に下手なことは言えないとか、急に距離の近くなった少女との距離感を図りあぐねていたかどちらかだろう。そして多分後者だ。


「その荷物を見るに、結局本土から調査のOKは出たってことかな?」

「うん、正式な私の任務になったよ。条件は三つで、三日に一回は駐屯地で現状の報告をすること、勇者様が魔王城を攻める際には、そちらを優先すること」

「最後の一つは?」

「一人で行動しないこと。全部ちゃんと守るつもりだよ!」

「……なぁ、最後のやつってさ、本当は部下を連れて行けってことなんじゃ?」

「……えへへ? 特に指定は無かったから、大丈夫じゃないかな?」


 ソフィアは珍しく悪戯っぽい笑顔を浮かべた。だが、それもすぐに真面目な調子に戻る。


「でも、ちゃんと理由もあるよ。エルさんとクラウさんを誘ったときにも言ったけれど、想定される第三勢力は、かなり危険と思われるから……魔将軍と戦えるくらいの実力がないと、着いてくるのは厳しいと思う」

「まぁ、俺がその魔将軍とやらと戦えるかと言えば……」

「そこは、探索スキルのプロフェッショナルが一人欲しいから! 軍にも、アランさん並みの索敵が出来る人、多分いないよ」


 そう言われれば戦力としてしっかりと貢献できそうと安堵する一方で、何故に自分がそんな索敵能力を持っているのかはやはり疑問だ。しかし、少女の段々と敬語抜きが様になってきている、そう褒めようと思ったところで、ギルドのドアが揺れる音がした。


「ぜぇ……ぜぇ……お、おはようございます」


 入口の方へと振り向くと、クラウが牛歩の如き遅さでこちらに歩いてくるのが見えた。息切れしている理由も歩みが遅いのも、きっとその背にある巨大な荷物のせいだろう。


「おはようクラウ。なんだ、民族大移動でもする気か?」

「いえ……ただ、調剤の器具とか持ってくると、自然とこんなことに……よいしょっと」


 ドカ、と床が抜ける程の重厚感のある音を奏でてクラウは荷物を机の横に置き、俺の隣へと座った。


「き、今日はアレでいいですかね、ひとまず宿を取って、後はのんびり……など?」

「そう、だね……ですね?」


 ソフィアがクラウに対しては敬語にしようかどうしようか悩んでいるらしい。対してクラウは息切れしたまま、それに対して親指を立てて答える。


「ソフィアちゃん、ダメですよ、アラン君なんぞに……敬語止めてるんですから、私にも止めてくださ……ごひゅ」

「おいアラン君なんぞとか言うな、あと最後ので台無しだぞ」

「えーいうるさいです! あー……もう補助魔法使ってくれば良かったですかねぇ……」


 一応、今日から調査を始めても良いように彼女なりに魔力を残しておこうと判断した結果だったのだろうか。しかし若いんだ、少し休めば元気になるだろう――そう思っていた傍で、ソフィアが小首をかしげながらクラウを見つめている。


「……クラウさん、大丈夫?」

「おふぉ……! 大丈夫、元気もりもりですよ!」


 クラウの息が荒いのは変わらないが、鼻息が荒くなっている。多分、ソフィアの所作が可愛らしかったせいだろう、そしてその気持ちはこちらも察して余りあるものがある。


「……やばいですよ、アラン君! これはやばいです!」


 耳打ちするように緑が話しかけてくるのに対し、こちらも小声で「だろぉ」と返す。


「……アランさんとクラウさん、仲良しでうらやましいな」


 こちらがひそひそ話しているのを何か勘違いされたのか、ソフィアは少し残念そうに笑う。


「あのな、ソフィ……」

「違うんですよソフィアちゃん! むしろ私は、ソフィアちゃんと仲良くしたいです!!」


 こちらが否定する前にクラウが身を乗り出し、ソフィアの両手を取って握った。あまりの勢いにソフィアは若干気後れしたのか、今度は少し困ったような笑顔になった。


「あ、あはは……うん、クラウさん、仲良くしてくれたらうれしいな」

「はい! ぜひぜひ!」


 少女二人がきゃっきゃうふふしている横で、食堂のカウンター近くの柱に掛けられている時計を見る。すでに時刻は九時を過ぎているようだったが、エルはまだ来ていない。ソフィアもそのことに気づいたのか、また不安げな表情を浮かべた。


「エルさん、来てくれるかな……私が脅すようなことしたから、怒ってるかも……?」

「いやいやソフィアちゃん違いますよ、あの人は単純に低血圧なだけですって」

「うーん、それならいいんだけど……」

「いいんですいいんです。さ、朝食でも摂ってお寝坊さんを待ちましょう。アラン君はどうせまだ食べてないでしょうし……ソフィアちゃんは?」

「私は、軽食は摂ってきてるよ」

「それじゃあ、ソフィアちゃんはデザートでも頼みましょう」

「で、デザート……!」


 ソフィアの目が輝くのを、クラウは見逃さなかったらしい。今後、美味しいお店を教えますよ、とか餌付け体制に入っている。


 その後、それぞれ朝食を注文し、すでにテーブルに軽食が並んで後、すでに時刻は九時半と言ったところ。そこでようやく、何者かがギルドのスイングドアを開ける音が耳に入ってきた。


「はぁ……はぁ……ごめん、待たせたわね」


 振り向くと、そこにはクラウとは別の意味で息を切らせて来たと推察される、エルの姿があった。エルはこちらに歩いてきて、空いている席――ソフィアの横、俺の斜め対面に座る。しかし、荷物は軽そうだった。要は、ここまで彼女は単純に走ってきたから息切れしているのだ。


「お、おはようございます、エルさん、その……」


 隣でクラウが、どうしたものかと、自身の頭の上で手をわちゃわちゃさせている。何を伝えたいのか――自分もエルのを方を見てみて、まず最初にぎょっとしたのがその眼。走ってきたおかげか幾分かはマシになったのだろうが、それでも眠そうで、普段からジトっとした目がより一層重たげになっている。


 しかし、クラウが言いたいのは別の所にあることも分かった。そしてその瞬間、こちらと同じくエルを観察していたソフィアが、少し驚いた表情をしているのに気づく。


「わぁ……エルさん、寝癖がすごいね」


 そう、別段くせ毛な訳でもないのだが、髪が長いせいか寝癖が目立つ。というか、ソフィアは意外と天然というか、思ったことをストレートに口にする癖がある――クラウなどぎょっとした表情でこちらを見ている。まるで「アラン君この空気どうしましょう!?」とでも言いたげな表情だ。俺はそれに対して、どうにでもなーれという気持ちを込めて親指を立てて返した。


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