9-13:分かたれた魂のポートレート 上
「少し落ち着いたかい?」
体に関する考察で気落ちしていた自分を安心させるためだろう、モデルの少女が微笑みを浮かべながらこちらを覗き見ているのに対し、自分は小さく頷き返した。同時に、彼女の今の柔らかさを色に載せたいと思い、筆を走らせ続ける。
部屋の照明の灯りが青白いせいで、彼女の持つ独特な雰囲気を損なっているような気がする。だが、ふと色彩をもう少し柔らかくすればいいことに気づいた。別に絵は目に映る姿をそのまま正確に写す必要はなく、好きな色合いで世界を映し出したっていいはずだ――絵描きにとっては当たり前のことなのかもしれないが、今までの自分は正確に視界を映し出すことこそが絵の巧みさと思い込んでいたので、そんな当然を失念していたのかもしれない。
世界をありのまま描くのではなく、世界の色を自分で決めて、自分だけの絵を描く――それでよかったのだ。
そうなれば、もう少し趣向を凝らしたい部分はある。下書きではティアの憂い顔を描きとったのだが、出来れば今の微笑みで仕上げていきたい。そう思いながら表情や、彼女を照らす灯りの色を工夫しながら筆を進め続ける。
途中で軌道を修正したせいで、彼女にはいましばらくじっとしていてもらうことにはなってしまったのだが。ティアに謝ると「いいよ、むしろゆっくり描いてほしい」と言いながら笑ってくれた。
その優しい表情こそ、自分が描きたかったものかもしれない。ティアが元々持っていたミステリアスな仮面の向こう側にあったもの。年相応の女の子らしさ、それを逃さないように筆を進めていき――。
「……出来たぞ」
そう言って描き上げた絵を自分でじっと見つめると、その出来に関しては満足半分、不安半分といった感情が沸き起こってくる。途中で路線を変更したせいで絵全体のバランスは少々悪くなってしまった様にも思うが――しかし、その工夫が自分らしさでもあるような気がして、これこそ自分から見たティアであるという確信もあった。
どの道、今更もう一枚描かせてくれというのもモデルの負担になるだろう。そう自分に言い聞かせて完成した絵をティアの方へと差し出してみる。ティアは紙を受け取って、しばらく無言でじっとその絵を見つめ――そして絵と同じような微笑みを浮かべたままこちらを見つめてきた。
「うん、ありがとうアラン君。ちなみに、皆のアラン君の絵の評価、こっそり伝えるとだね……風景は抜群に美味いけど、人物画はイマイチだって言ってたよ」
「ぬぐっ……まぁ、自覚はあったよ」
「まぁまぁ、そうショックな顔をしないで……ちゃんと続きがあるんだから。あくまでも風景と比較すればってだけで、人物画だって十分に上手だし、みんな満足してたのは間違いないんだ。まぁ、ソフィアちゃんは幼く見えるのが少々ショックだったみたいだけどね。
クラウなんか、アラン君が見てないところでちょこちょこと絵を見てにやけてたし、エルさんは受け取らなかったのを後悔していたんだよ」
「はぁ……イマイチなのに満足してたのか?」
「うん。思うに、大切なのは絵の巧みさじゃなかったのさ。アラン君が自分を見て、真剣に描いてくれたから……みんな、それが嬉しかったんだと思うよ」
そこで一度言葉を切って、ティアは気まずそうに笑った。
「あはは、ボクだけを見てって言った自分が、皆の話をしちゃってるね。でも、ボクは皆が羨ましかったのさ。皆はアラン君に自分を描いてもらって、ボクだけ描いてもらっていない……。
描いてもらったのならどんな気持ちになるのかなって。そして、アラン君から見たボクは、どんなふうに映っているのかなって……それがずっと気になっていた」
「感想、聞かせてもらっても良いか?」
「うん、そうだね……やっぱり、風景画と比べたらイマイチかな? それになんだか少し幼く見える。そう言う意味じゃ、ちょっとショックかも。でも……」
ティアは完成した絵を顔のそばに近づけてはにかみ――少しして紙を膝の上に置いてこちらを見つめた。
「なんだか、自分に意味が出来た気がするよ。クラウが居なければ存在できなかったはずの自分は、確かに……ここに存在しているんだって、この絵がそう言ってくれている気がする。だからアラン君、ありがとう」
そう言いながらも、ティアは何度か自分と完成した絵の間で視線を行ったり来たりさせた。そしてひとしきり満足したのか、今度は申し訳なさそうに口元を掻きだした。




