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9-12:屍肉の正体 下

「今更の質問ではあるんだが……初めてティアと出会った時、君は俺の魂が後から定着された感じがするってい言ってよな?」

「あぁ、その件か。まぁ、言ってしまえば言葉通りの意味で他意はないんだけど……そうだね、アラン君も七柱の創造神と同じように旧世界の人間だから、人格の転写とやらと近いことが行われているのかもしれないね」

「うん? それは違うと思うぞ。この体は、旧世界の俺をそのまま模して作られているようだし……えぇっと、クローン技術っていうのがあってだな。元々の生物と瓜二つの生物を創り出す技術なんだが……」

「まぁ、ボクにはその辺りの難しいことは分からないけれど……でも、そのクローン技術とやらを使って、丸々大人の君を……ボクらと出会った当初のアラン・スミスを創り出せるのかい?」


 その辺りに関しては自分が科学に明るくないので明確なことは言えないが、確かクローン技術で丸々同じ人間をコピーするのは不可能なはずだ。クローン技術は、言ってしまえば特定のDNAをコピーするのであり、個体としては胎児から始まるものだったと記憶している。


 自分の知る範囲での技術が正しいとするのなら、確かにティアの言う通り――レムはどうやってこの成長済みの個体を創り出したのか? もちろん、自分が知らない間に丸々コピーする技術が出来たとか、もしくはもっと前からアラン・スミスを培養していたという可能性もあるが――どちらの仮説もしっくりこない気がする。


 気が付けば、思考に耽って筆が止まっていた。そしてふと顔を上げた瞬間、ティアはまた顔を上げ、赤い瞳でこちらを真っすぐに見据えていた。


「もう少し踏み込んで言おう。きっと君のその体は……君のその肉の器は、元々誰か他人の物だったんじゃないかと思うよ」


 この身体が元々他の誰かの物だった――要するに、成人した男性、背丈格好の近い個体に原初の虎の細胞を移植したとするのなら? それなら、一からクローンを作成するよりも手早くコピーを作成できそうだ。


 ふと、以前に学長ウイルドが、自分の身元を調査していたことを思い出す。遭難したセントセレス号、見覚えのあった甲板、そこに居合わせた暗殺者ジャド・リッチーという存在――そしてそのレポートで魔術神アルジャーノンは「答えを得た」と言っていたのだ。


 そしてそこに重なるティアの言葉、そこから導き出される答えは恐らくこうだ。この身体は、この肉の器は、ゼロから生成されたものではない。恐らく、ジャド・リッチーの死骸に、オリジナルの遺伝子を移植して造られたのだ。


 もちろん、この仮説が確定したわけではないし、まだまだ不明な点もある。どうしてリッチーの物だった肉体に、前世的な知識が備わっていたのか。そもそも、なぜ死肉を使わなくてはならなかったのか――疑問は尽きない、尽きないのだが、自分の直感がこの仮説はひとまず正しいと告げている。


 今にして思えば、アルジャーノンにレポートを渡された時に陥ったおぞましい感覚の正体はこれだったのだ。あの時から、自分は直感部分では本質を理解していたのだろう――自分の身体が死肉であると同時に、元々何者かであったものを乗っ取ってしまったということが、退廃的で冒涜的で、そのことに恐ろしさを感じていたのだと今更ながらに思う。


「……ごめんよ。折角気晴らしのためと思って誘ったのに」


 ティアの声が聞こえて現実に引き戻され、思考も僅かにクリアになる。一旦筆をパレットに置いて、右手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。まったく、レムの施術は完璧だと言って良いだろう。身体の動きや感覚に対しては違和感がないのだから。


「いや、良いんだ……色々と、疑問は氷解したしな」


 ティアにそう返事を返し、改めて筆を取って少女の姿を紙に写し始める。この事実を認識するタイミングは、今がちょうど良かったのかもしれない――もっと早ければ誰かの身体を奪った事実に耐えきれなかったかもしれないし、レムの口から聞いてしまえば彼女にどんな反論をしてしまったかも分からない。


 そもそも、自分の素体として転用されなければ、ジャド・リッチーの身体は海の藻屑に化していただけという見方もある。もちろん、それは死者の尊厳を奪うことになるかもしれないが、レムは死者を踏みにじるという冒涜を犯してでも自分を蘇らせた――それだけ緊急の事態でもあったとも取れる。


 そして、レムの判断は間違えていなかったとも思いたい。今この星は、この宇宙は、もっと重大な危機に瀕しているのだから。そして、自分が蘇ったことにはきっと意味がある。


 先ほどT3に言われたように、自分の力で世界の危機をどうにかできるかなどと言うのは傲慢なのかもしれないが――自分には戦う力があり、今この場に自分が残っているのは少女たちに繋げてもらったおかげでもあるのだ。


 そんな風に思考を続けていると、大分気分も落ち着いてきた。もちろん、七柱の創造神を許すことが出来ないのは確かなことで、そこには憎しみの気持ちがあるのは否定できない。そして、これが復讐でないと綺麗ごとを言うつもりもない。


 しかし同時に、今この場に自分が居ることの意味を考えれば――戦い抜くことにはきっと意味があるのだ。先ほど孤児院の人々を救えたのと同じように、まだ救える命はたくさんあるはずなのだから。

次回投稿は9/9(土)を予定しています!

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