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9-10:屍肉の正体 上

 休憩室を去り、ティアの制止も聞かずに艦内の廊下をしばらく歩き続ける。T3の言うことももっとなことは分かっているし、自分が禄でもないことを言おうとしてしまっていたことの自覚はある。とはいえ、感情が邪魔をして上手く情動をコントロールできず――結果として手を出してしまったし、かといって謝ることもできず、あの場から逃げるように退散することしかできなかった。


「アラン君、待って……」


 最初の内こそ大きな声で自分を止めていたものの、ティアの声は徐々にか細くなってきている。そのか弱さが少し自分を冷静にしてくれ、同時に申し訳ない感情が湧き上がってきた。


「アイツの言う通りだ……すまなかった」


 足を止めて振り返り、ティアに向かって頭を下げることにする。顔を上げると、ティアは悲し気な微笑を浮かべながら「いや、良いんだ」と頭を振った。


「ボクだって、イスラーフィールに対しては複雑な感情があるし……でも、そうだね……」


 ティアは少し考え事をするように天井を見上げる。そして視線を降ろしたときには、少しいつもの調子に戻った様子で、右手の人差し指をぴん、と立てて微笑んだ。


「ねぇ、アラン君、一つ頼みがあるんだけれど」

「えぇっと……急な用事か?」

「急な用事だよ。アラン君にしか出来ないことなんだ」

「ふぅ……ティアにはさっき喧嘩を止めてくれた借りがあるからな。いいよ、言ってみてくれ」

「うん、ありがとう。それで、お願いの内容なんだけど……ボクのことを描いてほしいんだ」

「えぇっと……」

「そんな気分じゃない、っていうのは承知の上さ。でも、ずっと不公平には思っていたんだ……何せ、ボクだけアラン君に描いてもらっていないからね」


 ティアはそこで一度言葉を切って、不安そうに視線を落とした。


「……ダメ、かな」


 もちろん、彼女の言うように絵を描きたい気分でないのは確かだし、むしろこんな気持ちでモデルになってもらうのも申し訳なさすらある。


 とはいえ、いつものティアだったら見せないような健気な雰囲気に、こちらとしてもイヤとは言い出しにくい。それに、彼女の言う通り少し気の紛れるようなことをすべきなのかもしれない。


 確か、以前もこんなことがあった――アレは南大陸に向かう馬車の途中で、自分がシンイチのことで悩んでいた時だった。あの時は、三人の少女たちが気晴らしにと画材をプレゼントしてくれたのだっけ。


 シンイチと言う名と、もう戻ってこない少女たちの笑顔が脳裏をよぎったせいで、再び胸の奥にどす黒いものが吹き出そうになるが――それをなんとか堪え、不安そうに赤い瞳を揺らす少女に向かって頷き返すことにした。


「分かった。ただ、画材があるのは俺の部屋だな」

「うん、二人っきりになりたいし……アラン君の部屋へ行こうか。ボクの部屋だとアガタが居るだろうしね」

「えぇ? いや……」

「いいからいいから」


 ティアは自分の後ろへと歩いて行って、こちらの背中を押しだした。そのまま抗うこともせず、促されるまま自分に割り当てられた部屋へと向かう。そのまま到着して中に入り、自分は部屋の片隅に投げ出されている荷物の元にしゃがみこんで画材を探しながら、扉の所に突っ立っているティアに向かって声をかけることにする。


「それじゃあ……そうだな、そこの椅子に腰かけてもらって良いか?」

「うぅん、長時間座るならベッドの方が柔らかくて良さそうなんだけど……なんなら、隣に座って描いてくれても?」

「あのなぁ……」

「ふふ、ごめんよ。アラン君を困らせたら、折角のチャンスをふいにしてしまうかもしれないからね」


 ティアは椅子を引いて腰かけ、自分は画材を持って彼女の正面にあるベッドに腰かける。さて、どんなポーズをお願いしようか――そう思っていると、ティアは顔に巻いている包帯が目立たぬようにするためだろう、少し身をよじって斜め下を見るようなポーズを取った。


「……この角度でお願いしていいかな?」

「あぁ、了解だ」

「それで、重ねてもう一つお願いがあるんだけど……今は、他の子のことを考えないで欲しい。ボクだけを見て欲しいんだ」

「それは……」

「あのねアラン君、さすがのボクだって、今のを言うのは恥ずかしかったんだよ?」


 ティアは顔をこちらに向けて、珍しく頬を赤らめながら頬を膨らませてこちらを見てくる。確かに長時間同じポーズでいてもらう訳だし、モデルに向かって真摯に向き合うべきというのは間違いない。


 しかし、以前のティアなら今のようなことも恥ずかしげもなく言ったような気もするが――それも、クラウの声が聞こえないせいかもしれない。案外、自分よりも初心な者が側にいると、大胆になれたりすることもあるものだ。そういう意味では、今のような積極性を見せるのに躊躇するのが、実はティアの本性なのかもしれない。


 それに、今のは彼女なりの気遣いでもあるだろう。ソフィアたちのことを考えると、どうしても気分も落ち込んでしまうから。だから今は気晴らしに専念できるよう、恥を忍んで提案してくれたのだろう。


「あぁ……善処する」

「ふふ……頼むよ?」


 ティアは悪戯っぽく笑って後、先ほどと同じように斜めを向いて口を結んだ。自分も紙に彼女の憂い顔を描き込んでいき――そのまましばらく無言の時間が続いた。

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