9-9:機人のコーヒーとクロスカウンター 下
「アラン君、止めてくれ!」
「T3さん、落ち着いてください!」
自分の正面にセブンス、アランの前にクラウディア・アリギエーリが立ったことで、自分も相手も拳を降ろした。
「……クソ野郎が」
「同じ言葉、そっくり返すぞ……」
互いに少女の肩越しににらみ合うと、アラン・スミスは踵を返して休憩室から出ていった。クラウディア・アリギエーリもその後を追い――二人の気配が遠ざかったのを確認してから椅子へと腰かけ、今更になってきた痛みに顎をさすっていると、セブンスが立ったままじっとこちらを見つめているのに気が付いた。
「その、私を庇ってくれたんですよね。ありがとうございます」
「勘違いするな……アイツが気に食わないから言ってやっただけだ」
実際の所、セブンスがこの場に居なくても同じような指摘を返していただろう。とはいえ、手が出たのはセブンスが原因であったのには違いないか。
正確には、こちらの指摘がアラン・スミスに対してクリティカルであったのと同様に、奴が言おうとしていたことも自分にとって突かれたくない部分であったのも間違いないのだ。自分がセブンスにナナセを重ねてしまっているせいで、以前ほどの燃えるような復讐心が無くなってしまっているのも確かだから。
そしてそれは、ナナセに対する裏切りでもあるように感じられ――そんな不甲斐ない自分が許せないのと同時に、そのことを指摘されるのが耐えがたいことだから、思わず手を出してしまったのだ。
とはいえ、その責任がセブンスにある訳ではない。それを理解するくらいの分別は自分にだって残っている。そもそも、あの男の存在が気に食わないのだから、一発くれてやったくらいは問題ないし、むしろ殴り返されたことを癪に思うくらいだ。
そんな風に今しがたの事態を自分の中で納得させるが、セブンスの方は相変わらず申し訳なさそうに口をへの字に曲げている。
「そんな顔をするな。貴様がしょ気ていると、こちらまで滅入ってくる」
「……そうですね、私の取り柄は元気なことくらいですから……」
言い終わると同時に少女は両手で自らの頬を叩いた。かなりの力で叩いたのだろう、部屋中に小気味の良い音が響き渡り――そしてセブンスは開いていた掌を握ってガッツポーズを取った。
「よし! 気持ちを切り替えました!」
「そんな単純にいくものか?」
「もう、T3さんがそんな顔をするなって言ったんですよ!? でも、確かに気落ちしてても仕方ないですし……ともかく、私からアランさんにも謝らないと」
「止めておけ。余計に話がこじれるだけだ……あぁいう時はな、放っておいてやるのが一番だ」
今のアイツは怒りの炎に身を焼かれているものの、それを自覚していない訳でないだろうし、セブンスに謝られたら余計に感情が複雑になるだけだろう。時間が奴の傷をどれだけ癒してくれるかは分からないが、下手に刺激をするよりはマシなことは間違いない。
「そう、でしょうか」
「あぁ、そうだ……間違いない」
「そうですね……アランさんのことを良く分かってるT3さんが言うのなら間違いないですね」
セブンスはそれだけ言ってようやく席に戻り、放置されていたコーヒーに角砂糖を何個も入れ出した。アイツのことを良く分かっているということに反論すべきか、そんなに砂糖を入れては健康に良くないと突っ込むべきか、どちらから言うべきか一瞬迷っているうちに、自分とセブンスの間に立っているイスラーフィールがこちらに向けて頭を下げてきた。
「アルフレッド・セオメイル。私からも礼を言うべきですね」
「T3だ……貴様からの礼などいらん。私は貴様ら第五世代型アンドロイドを……」
快く思っているわけではない、そう言おうと思った瞬間、また正面から強烈な視線を感じた。別に言いたいことを言っても良いのだが、さっきの今で変な空気を混ぜ返す必要もない――そう思いながら自分も目の前にあるカップを手に取り、口元で仰いだ。
「……貴様の淹れたコーヒー、悪くない味だ」
「そうですか……」
本当は口の中を切っていたらしく、痛みが先行して味も良く分からなかったのだが――それを言う必要もないだろう。ひとまず、二人の少女が自分の言葉に安堵の表情を浮かべているのだから。
次回投稿は9/5(火)を予定しています!




