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9-6:絶望からきたる病 下

 ◆


『……すまない、アラン』


 農道を走っていると、脳内にべスターの声が響きだした。


『もういいって……仮にお前がシンイチの正体を俺に伝えてくれていたところで、恐らくほとんど結果は変わらなかったさ』


 せいぜい、魔王討伐の瞬間にべスターがシンイチの正体を見破って、その場で仕留めるくらいしか好転する術は無かっただろう――それなら、記憶を次の器に移しておくという作業そのものを止められただろうから。


 それより後に気づいたとしても結果は変わらなかったはずだ。それに、仮に魔王討伐の瞬間に自分が勇者を亡き者にしていたら、むしろ自分も捕らえられて処刑されていただろう。


『そんなことより……少しでも情報を教えてくれ。黄金症のことでも、星右京のことでもいいぞ』


 自分がピークォド号に留まらず、なるべく外で第五世代型アンドロイドと戦いまわっている主な理由はこれだ。戦闘中と戦闘後の興奮状態が続く間は、幾許かべスターから情報をもらうことが出来るから。


 自分等が情報を持っても有効活用できないかもしれないが、それでも右京と戦うなら少しでも情報は欲しい。それに、艦内で大人しくしていても気分は落ち込むばかりである。それなら、身体を動かしているほうがマシという判断もあった。


『あぁ……次からは謝るのは止めることにする。とはいえ、粗方はチェンが言っていた通り……むしろ、オレはこの一万年の間のことは分からないんだ。それこそアシモフの方が情報を持っているだろう』

『俺が知りたいのは、お前しか知らない情報だ、ベスター。右京がDAPAに行く前のことを教えて欲しい』

『それは構わんがな……とはいえ、何を話せば……も……』

『おい、べスター、聞こえないぞ……ダメか』


 既に敵の気配は無くなっており、自分の緊張状態も落ち着いてしまったせいでべスターの声も聞こえなくなってしまった。それと同時に変身も解け――べスターと会話するという目的は達せなかったが、ひとまず知り合いの窮地を救えただけでも良しとするか。


 黄金症が絶望からくる病だというのもべスターから聞かされたことだ。それをティアに話したところ、ピークォド号が聖レオーネ孤児院の近くに船舶している間に一度状況を見に行こうと提案された形だ。結果としては向かって正解だった訳だが――とはいえ、自分もティアもステラ院長に真正面から会うことは出来なかった。会えば必ず、クラウのことを聞かれると思ったからだ。


 事実を伝えずに去るのは臆病で卑怯な行為だったかもしれない。だが、上手く状況を説明するのも難しかったのも事実――孤児院は全体としてルーナ神信仰が強く、下手に事情を話しても混乱を招くだけだろう。


 べスターの声が聞こえなくなり歩調を緩めたタイミングで、ちょうど葡萄園の終点に一人の少女が立っているのが目に映る――少女は緑色の髪の下に包帯を巻いて片方の瞳を覆い、もう片方の赤い瞳でこちらをじっと見つめていた。


「アラン君、ステラ先生たちを護ってくれてありがとう」

「あぁ……間に合ってよかったよ」


 目の前まで到着すると、ティアは口元に微笑を浮かべた。しかし、すぐにその表情には陰りが見え――笑みを浮かべているのは変わらないが、どこか自嘲気味で寂しげに瞳を伏せてしまう。


「なかなか、上手くはいかないね……」

「うん? 何かあったか?」

「いいや、こっちの話さ……気にしないでくれ」


 そう言いながらティアは自分の横へ並んだ。


「……その後、どうだ?」

「やっぱり、クラウの声は聞こえないね。でも、やっぱり微かに気配を感じるから……まだ、消えてはいないはずなんだ」


 そう言いながら、ティアは胸に手を当てながら俯いた。クラウが巨大な結界を張ってピークォド号を護ってくれて後、黄金症を発症している以上、クラウの人格はもう存在しないというのがゲンブの見立ててはあるのだが――ティアはそれに納得していなかった。


 ティアは大切な半身を失ったことを認めたくないだけかもしれない。理論的に考えれば、クラウが消えていないということを信じるのはナンセンスなのかも――悲しいかな、自分には彼女の気配を感じることは出来ないので、ゲンブとティア、どちらの言い分が正しいかは判別できない。


 しかし、自分としてはティアの言うことを信じたかった。そうでなくては――いや、そうでなくとも、自分は右京のことを――。


「……アラン君、怖い顔をしているよ」


 自分が考え事に没頭していると、ふと横から悲し気にこちらを見つめてくる赤い瞳があった。


「……すまん」

「謝らないで……その感情を悪いものだと断ずることは、ボクには出来ないし……」


 ティアはそこで言葉を切る。どう言葉を繋げるべきか分からない――正確には、こちらになんと言葉を掛けていいか分からない、というのが正しいのかもしれないが――ともかく頭を振って、夕暮れの空を見つめながら再度口を開いた。


「……えぇっと、さっきゲンブから連絡があったよ。やるべきことが決まったから、船に戻ってくるようにって」

「あぁ、了解だ」


 短く返事を返すと、ティアはまた俯いてしまい――互いに無言で歩き続ける。ティアはただ黙々と、自分の横にぴたりとついて、片時も離れようとはしなかった。

次回投稿は9/2(土)を予定しています!

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