9-4:絶望からきたる病 上
「さて、それでは各々集めた情報を共有していきましょうか」
「ゲンブさん、ちょっと待ってください」
集まった一同を仕切るゲンブの言葉を遮り、自分の隣に座るセブンスがピークォド号のデッキの中をきょろきょろと見回している。そして一通り周囲を見てから、中央の機材の上に座る人形の方に向けて手を上げた。
「やっぱり、アランさんとティアさんが居ないみたいです」
「それに関しては問題ありません……会議は欠席すると事前に連絡がありましたから。代わりに、こちらの決定には従うと約束してくれていますので」
どうだかな、アイツがそういった類の約束を護るとも思えないが。自分の脳裏にそんな考えがよぎったが、敢えて口にすることもないだろう。そんなことは恐らくここにいる全員が承知の上だろう。
ともかく、あの二人が居たところで会議の内容に変わりが出る訳でもない。そうなれば、ただ一人セブンスを説き伏せて話を進めたほうが早いだろう。
「作戦を練るのはゲンブの役目だ。それなら、奴が居ようと居まいと関係あるまい」
「それは、そうかも、ですけど……でも、心配じゃないですか」
「放っておけ。アイツは頭を使うより、足を動かしているほうが落ち着くタイプなんだろうからな」
実際、アラン・スミスは各地で暴れる第五世代型アンドロイドを倒して周っているらしいとのこと。それはあの男の中に残る正義感からなのか、それとも仲間を失った怒りの矛先を探しているのかは不明だが――どの道、会議に居合わすよりは現場にいる方が性にあっているのは間違いないはずだ。
自分の言葉に対して、セブンスは煮え切らないながらも「そうですね……」と俯きながらも頷いた。次いでゲンブが「ともかく、直ぐに彼らも戻ってくるはずですよ」と続けたことで、状況の確認が始まった。
極地基地の襲撃から一か月ほどが経過し、自分たちは現状の調査のためにレムリアで情報収集を行った。とはいえ、各々の口から出る情報にそう大差は無かった。
まず、第十代勇者パーティーは古の神々に敗北したということがレムリアの情報ネットワークを利用して流布されていること。そしてそれに合わせるように各地で魔族が狂暴化し、社会不安からレムリアの民も暴徒と化していること。アルジャーノンの第八階層魔術により世界各地で災害が起こり、更なる混乱を助長していること。そしてそれに合わせて不可視の怪物も暴れまわっており――最後に、世間で黄金症という新たな病が流行りだしたこと。
要するに、七柱の計画は目論み通りに進んでいるということになる。つい先日までこちらの方がやや優勢と思われていたのにも関わらず、ただ二人、アルファルドとアルジャーノンが現れただけで戦況は覆されてしまったのだ。
ゲンブがとくにこの二柱を警戒していた理由も頷けるというものだが――同じ七柱であるはずのレムとアシモフですら欺かれていたのだから、この二柱が潜伏していたことは誰にも責められるものではない。
ただ、今はこの劣勢にどう抗うか、それが重要だ。そしてそのための策を巡らせているであろう人形の軍師は、自分の想定を他所に――既に何個もアイディアを考え、それを話すために自分たちを集めたと思ったのだが――俯いている。
「これは非常にマズい状況です。まさか、本当に黄金症が現れ始めるとは……」
ゲンブはそう意味深に呟いた。先日、クラウディア・アリギエーリが部分的に――右目を中心として皮膚が硬化し、そこから金色の羽毛のようなものが現れている――発症した際にもその名を呟いていたが、まだ自分は正確なことを共有されていない。
「貴様、知っているのか?」
「はい。黄金症は旧人類も罹った病……正確には病というより、高次元存在との同化が始まったことを意味します。今はまだレムリアの民の内、数パーセントに蔓延しているに限りますが……」
「……これが全体に蔓延し始めたら、高次元存在の降臨は成就されるでしょう」
ゲンブの言葉を切って、アシモフが瞼を閉じながら静かに呟いた。
元々自分たちと行動を共にするようになってからアンニュイな雰囲気を纏っていた彼女だが、先日の基地襲撃からはとくにそれが顕著なように思う。彼女はフレデリック・キーツとは懇意にしていたようだし、あとはグロリアの件――恨まれていたとしても肉親を失ったのであるから、何か思うところはあるのかもしれない。
アシモフはそんな自分を鼓舞するためか、息を大きく吸い込んでから首を横に振り、デッキに集まっている面々の方を一瞥した。
「とはいえ、状況は最悪というわけではありません。当初の計算よりは、黄金症が広がるペースは遅い……本来なら、海底のモノリスの演算を使って一気に稼働させるはずだった第五世代型アンドロイドや魔族のコントロールが出来ていないのです」
「そうだ……レムは無事なのか?」
そう言いながらアガタ・ペトラルカの方へと向き直ると、彼女もまた目を瞑って――恐らく、彼女の信じる神とコンタクトを取ろうと努力しているのだろう――少しして首を振り、瞼を開けてこちらを見据えてきた。




