9-2:勇者の訃報 中
「……ステラ先生。私たちはどうなっちゃうのかな?」
一人の女の子が近づいて来てそう問うてきた。不安におびえる我が子の柔らかな髪にそっと手を添え――自分の不安を隠すように笑顔に努めて言葉を返すことにする。
「大丈夫よ……きっと七柱の創造神たちが、今に悪しき者たちに誅を下し、世界に平和を取り戻してくださいます」
クラウディア達が古の神々に敗北してしまったことは心苦しいものの、同時にまだ我々は創造神たちを失っているわけではないのだ。きっと偉大なる神々が旧世界で勝利したように、此度も勝利してくれるに違いない――というより、それを信じる他ない。
偉大なる神々が健在だというのに不安な気持ちが止まらないのは、七柱の創造神たちが邪神達を倒すまでの間に自分たちが危険が及ぶ可能性があるためか、それとも不安な知らせばかりで創造神たちが何をしているのか不透明なためか――これに関してはどちらも正解であり、そして上手く言語化は出来ないが、それだけでないのも確かだった。
ふと眼下の少女に目を向けると、泣きそうな顔でこちらを見つめているのに気づいた。きっと自分の不安が顔に出てしまっていたのだろう――気をしっかり持たねば。しかし、少女の不安を取り除くために声を掛けようとした時、また別の少女が自分の方へと近づいてきてくるのが見えた。
「ステラ先生。トト達がいないの」
その言葉を聞き、慌てて屋内に居る者たちに確認を取ってみた。職員たちは少年たちを見ていないらしい。子供たちに話を聞いてみたところ、トト達が裏口からこっそりと外に出たのを見たという証言を得て、近くにいた職員に他の子が出ないよう監視するように言いつけ、自分は慌てて外へと飛びだした。
あの子たちはヤンチャだし、ずっと屋内にいて窮屈な想いをしていたのかもしれないが――同時に魔族や魔獣を見たこともないから、その恐ろしさを理解していないのだろう。もちろん、ある意味では人間が一番怖いということも分かっていない。だから、無謀にも外に遊びに出てしまったのだ。
ひとまず遊具のある園の正面を確認するが、やはり屋内から見えるような場所には居なかった。それなら、どこか――裏山にでも入られてしまったら視界も悪いし、一人で子供を探すのは厳しいのだが。
とはいえ、トト達にも外は危険ということは言ってあるのだから、そこまで土地勘がない場所には行かないようにも思う。もちろん、これは自分にとって都合の良い想像でしかなく、蛮勇たる愛しき子らは、無謀にも彼らにとっての未踏の地に足を踏み入れているかもしれないが――自分の勘に頼って、葡萄畑の方へと急ぐ。
黄昏色に染まる農道を走りながら、葡萄畑を見回す――今は初夏であり、木の葉も生い茂っているもの、葡萄の木は整然と並んでいるため、幹の間に何か動く気配さえあればすぐに気付けるはずだ。
「トト、マルコ、ジャック! 居るなら返事をして!」
大きな声で名を呼びながら畦道を走っていると、ふと茂みの一部が揺れ動くのが見えた。走るのを止めて茂みの部分を注視すると、トトが身をかがめてこちらを見上げていた。
「トト!」
「……やべ!」
立ち上がって逃げようとする少年の後を追い――まだ幼い少年の歩幅も狭く、すぐに追いつくことはできた。一人の肩を掴むと皆観念したのだろう、トトは逃げるのを止め、二人の少年も別の茂みから姿を現し、バツの悪そうな表情を浮かべた。
「違うんだよ先生、マルコの奴がどうしても外に遊びに行きたいっていうから……」
「な、なんだと!? お前が魔族なんか怖かねぇって誘ったんだろ!?」
こちらが何かを言い始める前に少年たちは代わる代わる言い訳を始めた。その様子から察するに、何か恐ろしい目にあったというわけではなさそうだ。何なら、今から叱られるのが最も恐ろしいことと言わんばかりだ。
「ふぅ……皆、無事でよかったわ。さぁ、戻りますよ」
少年たちが無事だったことに安堵のため息を漏らしながら声を掛けると、先ほどまで何とか叱られずに言い訳をしようとしていた少年たちも申し訳なさそうな表情に変わった。普段の自分は彼らにとって厳しい院長なので、最初は怒られることに怯えていたのだろうが、こちらの真剣な様子を察して反省してくれたのかもしれない。
そう、彼らは少々ヤンチャではあるが、人の心を慮る優しさは備わっている。これなら素直について来てくれるだろう――そう思った瞬間、今度は遠くから何か激しい物音が聞こえ始めた。




