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幕間:激戦の跡地にて 下

「原初の虎を過大評価しているように思うがね。現に、今回彼はウリエルを倒した程度の活躍しかしていない……いや、それは僕にとっては痛手だけれど、戦局を覆すほどの活躍はしなかったじゃないか」

「それは、そうなるように徹底的にあの人を抑え込んだからさ。こう言っては何だが、僕は誰よりもあの人のことを知っているんだ。慎重すぎたというのは否定しないけれど、もし彼が自由に動けたら……ひとまず確実に言えることは、今度こそ君は、半年の眠りにつかざるを得なかったってことだ」

「確かに。狭い基地内じゃ、僕にはADAMsを相手にするのは不可能だった」

「そういうわけじゃないさ。仮にADAMsが使えなくたって、アラン・スミスはソフィアを護るために君と戦い、勝利しただろう……あの人は強いんじゃない。必ず勝つんだ。そう仕組まれているんだから」


 アラン・スミス――少年が先輩と呼んだものの正体は、我が弟子が敬愛していた彼であったとは。同時に、原初の虎とも呼ばれていることから、やっと正体が読めてきた――思い返せば不思議な人であったし、同時に魔王と正面から戦えるほどの実力者であったのだから、その正体には今更ながらに納得できるものもある。


 今の状況を鑑みれば、善悪というものは立場によって決まるものであり――邪神というのは七柱の創造神達から見た蔑称に他ならなかったわけだ。人々の尊厳を踏みにじる者と比べたら、むしろ邪神たちの方が真っ当な存在とすら思えてくる。


 だが、今更ながらに歴史の真実を理解したとて、もはや抗う力は自分にはない。せいぜい、先ほどやったように手の動きを少し遅らせる程度――その程度のことしか出来ないのだから。


 同時に――不謹慎かもしれないが――自分は魔術神に幾許か興味があった。もちろん、学者の端くれとして、自分より遥か高みに居る者の研究を間近で見れるということの興味も無くはないが――なんとなくだが、自分はアルジャーノンという存在を絶対の悪のようには思えなかった。


 ソフィアを追い詰めたというだけで許せなくはあるものの、何故だかとても彼を孤独に感じるのだ。彼は彼なりの善意と倫理観に基づいてソフィアを招き入れようとしていたのであり、それが決別という結果になったと言えばそれまでのこと。自分としても、脳と神経だけになって悠久の時を生きるというのはおぞましいと思ったが――求道者であれば、もっと言えば生物の持つ基本的な倫理観を置いておけば、その行為自体に善悪は無いようにも思う。


 結局のところ、自分という矮小な存在では、遥かの時を生きてきた彼の倫理観を理解できないだけ。それと同時に、なんとなくだが――彼がレムリアの民に期待を寄せていたのは嘘でないようにも思うし、無限に広がる可能性という闇の中で、求道者として答えに辿り着く微かな灯を探している――そんな風に思うのだ。


 ともかく、今のところは身体の主に対して畏敬の念と許しがたいという気持ちを混在させながら、どの道あらがうことも出来ないのだから、事の成り行きを見守り続けるしかない。もし何かあった時に抗う算段をつけるとしても――自分よりも遥かに賢い者を相手にするのだから無駄かもしれないが――ひとまず状況を見て、何か策を練るしかないだろう。


 自分が思考している間、少年とアルジャーノンとの間に沈黙が流れ――少ししてこちらの口が動き出した。


「……高次元存在が彼に肩入れしているというのは、にわかに信じがたいがね」

「そうかい? 僕たちのような不届き者に対する抑止力として、絶対たる勝利者を送り込んできていてもおかしくはないと思うけれど……いずれにしても、晴子は厄介な人を復活させてくれたよ」


 少年は遠い目で知らない人物の名前をあげるが――先ほどまで浮かべていた微笑を引っ込めて、無感情な表情で、魔術で顕わになった極地の大地に視線を落とした。


「しかし……もし原初の虎が居なければ、僕はチェン・ジュンダーの策にはまって、魔王ブラッドベリにやられていたかもしれない。以前の器では、JaUNTを使うこともできなかったから、T2のADAMsに対抗できなかったからね。

 そうなれば、君に早めに記憶を移し替えておくことも進言できず……王都で君もやられていたことを想定すれば、互いに半年は眠ったままになり……」

「……ルーナ一人ではチェン・ジュンダーには勝てなかっただろうからね。そうなれば、原初の虎が居たからこそ、我々もチェンを出し抜けたってわけか」

「ま、そんなこんなで数奇な奴なのさ、運命ってやつは……ともかく、今回の襲撃で賽を投げたのは僕たちだ。計画を最終段階に移そう」

「そうだね……さて、イスラーフィールを失ったのは君からルーナに詫びるんだぞ? 僕は今回の計画を立案したわけじゃないんだからさ」

「あぁ、了解だよ。謝って済むなら楽なもんさ。しかし、きっとこっぴどく怒られるんだろうなぁ……二体の熾天使で、僕らに対抗しようとしていたみたいだしね」


 そう言いながら少年は振り向き、右手の人差し指を目の高さから下へとスッと降ろすと、魔術神と少年が向かい合う空間に一本の亀裂が入る。その亀裂が広がると、空中に人一人が通れる穴ができ――自分の体は亀裂をくぐると、その先はまた見たことの無いような機械仕掛けの部屋へと瞬間移動していたのであった。


 振り返ると、少年はまだ亀裂の向こう側の極地にあり――空の向こうをじっと見つめているようだった。


「ヒーローさえいればどうにかなるのは、おとぎ話の中の話だ。ただ一人が優れていたとしても、それだけでは世界を変えることは出来ない……アナタは一万年前と何も変わらないんだね、先輩」

次回投稿は8/26(土)を予定しています!

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