8-103:無限絶色の魔術 上
エレベーターが使えないため、階段を駆け上がって格納庫を目指す。先ほど自分が捕らえられていた場所は比較的上層に位置していたため、格納庫に辿り着くまでにはそこまで時間は掛からず、同時に移動中は敵に襲撃されることは無かった。
格納庫に到着すると辺りには無数の残骸が散らばっており――同時にピークォド号も健在だった。ハッチはT3が精霊弓で無理やり開けたのだろう、ちょうど船が飛びだせる程度の円形の穴が天井に開いており、そこから青い空が覗いていた。
自分たちがピークォド号に乗るのに合わせ――恐らく殿として最後まで戦ってくれていたのだろう――上部の穴から黒装束の大男が飛び降りてきた。そしてそのままホークウィンドを先頭に自分とナナコ、アガタの四人で船へと乗り込み、皆無言のままデッキを目指した。
デッキの中には、既にほとんど全員が揃っていた。自分が認識する範囲で、合流できない二人を除いて――いや、あと一人足らない。その者の行方を聞くため、たまたま目が合ったアシモフの方へと近づいて質問することにする。
「おい、シモンは!?」
「フレディ……ヴァルカンと一緒にハッキングの対処に出て、そのまま……」
「……くそっ!!」
思わず乱暴に握った拳でアシモフの前にある機材を叩いてしまう。まさか、他にも犠牲者が居たとは。もちろん、シモンとダンがやられたことを聞いても動揺するだけでプラスもなかっただろうし、あれだけの規模の襲撃を寡兵で切り抜けてこれだけ生き残っているというのは上出来なのだろうが――それでも、やはり自分としては一人の犠牲者も出したくなかったのが本音だ。
手に伝わる痛みが自分を少し冷静にしてくれる――乱暴なマネをして申し訳なかったとアシモフに謝罪をしようと思ったが、彼女も彼女でどこかうわの空のようだ。そんな彼女の横顔を見ていると、アズラエルがその更に横から「席に着け、発進するぞ」とこちらに声を掛けてきたため、自分も空いている席に腰かけてシートベルトを腰に巻いた。
しかし、こういう乗り物の操縦はシモンが得意そうだが、居なくてもなんとかなるのか――そもそも、自動操縦でもいけるのかもしれないが、近くに右京が居る状態でのオートパイロットは危険そうだ。自分の予測が当たっているのか、アズラエルとT3、更にはホークウィンドですらもキーボードをひたすらに打ち込んでいた。
一つ違和感があるとすれば、ゲンブが何も操作をしていない点か。この中ではアシモフと並んで機械の操作に精通していそうだが――アシモフもまだどこか気の抜けた様子で、虚ろな瞳で目の前のモニターをじっと眺めていた。
「レア様、お気を確かに。アナタの操作も必要です」
「え、えぇ、そうね……ごめんなさいアズラエル、すぐに発進させるわ」
臣下の熾天使に窘められ、アシモフはようやっと両の手を動かし始める。それからすぐに宇宙船は浮上を始め――最初こそは静かな立ち上がりだったが、天井に無理やり開けた穴を通り抜ける時は、障害物に当たっているせいか激しい音と振動が巻き起こった。
そして、機体が完全に外へと出てある程度の高度にまで達すると、地面から空に向かって角度をつけて一気に機体が推進し始めた。その加速によるGが強く、身体がシートに背に強く引っ張られ――しばらく進むと慣性に乗ったのか、身体は平衡感覚を保っていつも通りに戻った。
「ひとまず、これで落ち着いたんでしょうか……?」
ナナコが周囲を見回しながらそう声を上げた瞬間――またしても勘だが――ピークォド号が発進した地点の方からイヤな気配を感じた。既にかなりの距離もあるはずだし、この密閉された機内では外の様子など流石にわかりようもないのだが――直度、デッキ内に不安をあおるようなブザー音が響き、真っ赤な蛍光灯が瞬き始める。
「くそ、今度は何だ!?」
「ハッチの方から、強大なエネルギーの収束を感知……これは、アルジャーノンの第八階層魔術!?」
「おい、それは大丈夫なんだろうな!?」
呟くアシモフに問うと、彼女は機材に視線を落としたまま小さく頭を振った。
「彼の魔術を受けては、いかなる物質もバリアも持ちはしないでしょう」
アルジャーノンを知る、しかも科学者の彼女がそう言うのだから、少なくとも彼女の知る範囲では対処のしようもないのだろうが――しかし、同時にソフィアがあのような決断を取った理由もやっと頷けた。あの場には七柱が、それも最も厄介な手合いが二柱いたのだから。
そして、先ほどアシモフが呟いた第八階層魔術は、本来なら人の身では演算できない超高等な魔術であると以前に学長ウイルドが言っていた。魔術は階層が一つ上がれば指数関数的に難易度が上がり、それに比例して威力を増すというのなら――ソフィアのシルヴァリオン・ゼロですら恐ろしい破壊力があるのだから、確かに第八階層ともなればいかなる手段をもってしても防ぎようもなさそうだ。
とはいえ、ソフィアたちが繋いでくれたチャンスを無駄にするわけにはいかない。ここで潰えるわけにはいかない。なんとかこのピンチを脱する方法を考えてみるが、自分にできることと言えばせいぜい走り回ることくらいで、鉄の匣の中に居ては自分にできることなど何もない。
こうなってくると、自分の無力さをイヤでも痛感する――物理的な法則の中でしか、しかも力技でしか事態に向かっていけない自分の力なさを認めざるを得ない。
クソ、と自分に対して心の中で悪態ついたタイミングで、アガタがアシモフに向かって話しかけ始めた。
「彼らは、母なる大地のモノリスを求めているんじゃなかったんですか!?」
「元々、母なる大地のモノリスは無くても計画には支障がないとされていました。レムのモノリス群さえあれば事足りる計算なのです。そうなれば……」
「……別に、この船もろとも破壊してしまっても構わないということですか」
「むしろ、アルジャーノンは実験したいのかもしれませんね……高次元存在が作成したモノリスを、自らの魔術で破壊できるのかどうか……」
「呼んでる……」
最後の声は、突然自分の真後ろから聞こえた。ちょうど反対側に座っていたティアがシートベルトを外してやおら立ち上がり、そしてデッキの扉へふらふらと歩き始めた。
何となくだが、今の彼女はティアでないような気がする――性格は全く違うが、クラウとティアの気配は自分の中ではほとんど一致するため、その差を感じるのは困難なのだが――なんとなくだが、今クラウディア・アリギエーリの身体をコントロールしているのはクラウな気がしたのだ。
「……クラウ? おい、どこへ行くんだ!?」
なんだか妙な感じがする。自分もシートベルトを外して立ち上がると、緑髪の少女は再び「呼んでる」とうわごとの様に呟き――扉が開くと同時に走り始め、その後ろ姿もすぐに見えなくなってしまった。
「おい、クラウ、待て!」
「クラウ、お待ちなさい! アランさん、あの子がどちらへ行ったか分かりますか!?」
「あぁ、気配で分かる……俺に着いてきてくれ!」
自分と同時にアガタも立ち上がり、二人でデッキを出てクラウを追いかけるために走り出した。




