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8-102:極地に咲く花 下

 ◆


 ソフィアが居るはずの大空洞を目指して走る。身体は芯まで熱いはずなのに、目的地に近づくに連れて頬にあたる空気がどんどん冷たくなっていく。


「……ソフィア!!」


 巨大な空間に抜けた瞬間、大きな声で少女の名を呼ぶと、自分の声だけが空間に反響し――いつもならすぐに返事をしてくれる声は返ってこなかった。


 ただ、辺りには恐ろしいほどの霜が舞っており――その冷気は空間の最下部を起点に柱に巻き付くように現れた巨大な氷塊から発されているようだった。ここで何が起こったのか、正確なことは分からないが、この巨大な氷の揺り籠を作ったのはソフィアであるということと、彼女があの氷の下で眠っているというのは間違いなさそうだった。


 俺が、俺が助けに行かなければ――奥歯を噛もうとするが、あまりの寒さに上手く噛み合わないせいか、ただガチ、ガチという空虚な音を鳴らしてしまう。


「……アランさん、参りましょう」

「イヤだ。あそこに、あそこにソフィアが居るんだ……救い出さなきゃ……」


 隣から聞こえたアガタの言葉に拒絶を示すと、自分の耳のすぐ隣からパン、という乾いた音がなった。アガタの掌が自分の頬を強くたたいたと気付くのに少し時間が必要だった。


「しっかりなさい! ソフィアさんが、どんな覚悟でアナタを送り出したか……その意味を考えなさいな、アラン・スミス!!」


 改めて見ると、アガタは目元一杯に涙を貯めて、しかし気丈に目元を吊り上げながら怒声を上げた。辛いのは、自分だけではない。アガタだってソフィアと一緒に旅を重ねた間柄であり、同時に全ての事情を知って居たのだから――辛くないわけがない。


 ナナコも目元を拭って――ショックが大きいのだろう、拭って直後にあふれ出た涙をもう一度拭い――唇を引き締めて頷いた。それと同じくして、近くにあるスピーカーからアシモフの声が聞こえだした。


「……アガタの言う通りです。まだ、基地内に居るアルジャーノンが、あの氷を溶かしてしまったら爆弾は起爆し、全滅は必須……彼が動き出す前に、アナタ達もピークォド号に帰還してください。アナタ達さえ戻ってくれば、出発できますから」

「……了解だ」

 

 アシモフの言葉に短く返し、移動を初めて大空洞を後にする。すでに基地内の敵は殲滅されているのか――所々に散乱する第五世代型の残骸に灯る篝火かがりびは、きっとスザクが残したものだ。


 敵の気配もないが故、走りながらも大空洞で散った少女たちのことを考えてしまう。


(……俺はどこで間違えたんだ?)


 この世界に来て、ただ創造主たちが被造物に課した理不尽に怒り――少女たちが笑って過ごせる未来のために戦ってきたつもりだった。しかし、実際の所はどうだ。何一つ守れなかったではないか。


 エルは連れ去られ、ソフィアは自分たちを逃がすために氷の揺り籠で眠った。恐らくスザクも――テレサとグロリアもだ。クラウは心を壊し、それが原因でティアやアガタも心に深い傷を追っている。自分が間違えさえしなければ、誰一人失わずに、誰も泣かずに済んだのではないか?


 このやるせなさを、怒りに変えて右京の奴にぶつけてやればいいのか? この筋書きを書いたのがアイツなら、自分はただ復讐の獣となり、憤怒の炎でアイツを焼き尽くしてやればいいのか。


 だが――。


『どうか、惑星レムに生けとし生ける者たちのため、神々との戦いに終止符を打ってください』


 ソフィアの残した意志に対し、弔いの意志を持って進むというのなら、自分はただ自分の怒りに任せて駆け抜けるわけにはいかない。


(でも……それは……それは辛いよ、ソフィア……)


 きっと彼女は、自分が迷わないよう、気丈に振舞って自分の背中を押した――そう思うほどにやるせなく、ぐちゃぐちゃになる自分の感情にただただ、押しつぶされてしまいそうだった。


 ◆


 逃げた少女を探して通路を彷徨っていると、大空洞の方から強大な力のうねりを感じ取り、魔術神アルジャーノンは小走りで元居た場所へと戻っていった。


 大空洞まで戻ると、辺りの様子は一変していた。半径百メートルほどある巨大な円状の空間のほとんどが――面だけでなく、非情な高さも伴って――氷の塊で覆われており、そこには歩けるスペースすらなくなっているほどだった。


 アルジャーノンは無言のまま、魔術杖に第三階層の魔術弾を装填し、炎の魔術を氷に向かって照射した。


 しかし、その魔術は氷を一切溶かさずに霧散する――本来、こんなことはあり得ないはずだ。魔術によって生み出された物体は、質量保存の法則に則り並行世界へと還る。つまり、この残っている氷は、魔術による影響で凍ったこの世界の大気や水分ということになる。


 それならそれで、すでに魔術という軛から解き放たれたはずの氷は、炎によって溶けでなければおかしい――もちろん、あまりに強大な質量故に完全に溶かすには時間もかかるだろうが、同時に微かにも溶けないということもあり得ないはずなのだ。


「……凄いぞ! やっぱりやれば出来るんじゃないか!!」


 自分の口が勝手に動き、アルジャーノンは手袋で氷の表面を撫で始めた。


「どうやったんだこれは……やはり彼女の解析は必要だな。シルヴァリオン・ゼロの威力で、彼女の脳が塵になってなきゃいいが……」


 そう言いながら、魔術神は第六階層の魔術弾を弾倉に装填した。恐らくだが、この氷を徹底的に攻撃し、溶かしつくして彼女の遺体を回収するつもりなのだろう。


 しかし、それだけはさせない――させたくはない。強大な魔術神の意志に抗い――杖の先端が我が弟子の創り上げた氷柱へ向かないように、元々は自分の物であった身体の内、左腕だけに何とか力を込めた。


「……邪魔をする気かね、アレイスター君」

『はい……私は、アナタを拒絶するつもりはありませんが、ただ彼女の尊厳を脅かすというのなら……全力で抗います』

「そうか……」


 アルジャーノンは短く返答して後、氷塊に対して踵を返した。


「……ま、よかろう。非常に残念ではあるが……僕だって人のセンチメンタルな感情を全く理解できないほど冷血漢ではないつもりだ。これからしばらくの付き合いになる君と仲違いもしたくないし、そもそも遺体も残ってないとするのが妥当だろう。

 それに、可能性を見れただけでも十分……一度だけなら偶然でも、二度起こればそれなりの確度はあると言えそうだ。既存の構成要素を超える何かによって魔術は強化されるというヒントを得たからね。しかし……」


 男は数歩歩いてから振り返る――言った通り、すでにこの氷を溶かそうという執着は無いようで、ただ――名残惜しかったのか、少女が編んだ魔術を最後に目に焼き付けようというのか、じっと大空洞の方を見つめた。


「見給えよアレイスター君。君の愛弟子が編み上げた最後の魔術を……まるで花束みたいじゃあないか」


 確かに、柱に巻きつくように張っている氷の彫刻は、どこか花弁を思わせる美しさがあった。そして男は再び通路の方へと向き直り、後は迷わずに――振り返ることもなく、消費した魔術弾を再装填しながらその場を後にしたのだった。

次回投稿は8/19(土)を予定しています!

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