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8-101:極地に咲く花 上

「アランさん……聞こえてるかな?」

「……ソフィア? そっちは大丈夫なのか!?」

「……うん、大丈夫だよ。今、爆弾の凍結は完了させるから」

「俺はソフィアが大丈夫かって聞いたんだ」


 この状況を無事と言えば嘘になる――いや、嘘であっても大丈夫と言うべきだろう、今から来られても恐らく間に合わないから。


「……今、そっちに行く。何処に居るんだ?」


 こちらの返事が遅れたせいで、返答するよりも前に彼に心配をかけさせてしまった。その優しさが切なくて、愛おしくて――だけど、無残な姿を見られたくもなくて。泣いてしまいそうになるのをぐっとこらえ、要件を伝えることにする。


「うぅん……ダメだよアランさん。今すぐピークォド号まで退避して。それでナナコ、お願いがあるの……たくさん冷たい態度を取って、今更お願いだなんて虫が良いかもしれないけれど……」

「ソフィア、ダメだよ……お願いならいくらでも聞くよ! でもそれは、ちゃんと顔を見ながらじゃないと聞けないから!」

「そこを何とか、お願い。私の代わりに、アランさんを支えてあげて欲しいんだ……アランさん、すぐ無茶しちゃうし……うぅん、違うな。

 アランさんが成そうとすることって、本当は一人で成すのは難しいから……一人でも多くの人に、アランさんのことを支えてもらって欲しいの」

「ソフィアぁ……」


 スピーカーの向こうから、泣きそうな声でナナコが自分の名を呼ぶのが聞こえた。口でも言った通り、随分冷たい態度を取ってきてしまったけれど――実際の所、ここ最近はナナコのおかげで楽しかったとも思う。


 もちろん、世界の命運をかけて戦っている状況で不謹慎かもしれないが――同世代に対してどうすればいいか分からない自分にとって、ナナコのまっすぐさと温かさには大分助けられていたのも事実だ。


 さて、これで心残りの半分は片付いた――残りは、あと半分だ。話すのも苦しいけれど――きっと、ここで伝えておかないと後悔するから。そう思って息を吸い、私は私の勇者の名前を呼ぶ。


「アランさん……私と出会ってくれてありがとうございます。アナタがレヴァルに現れたあの日から、私は生きる意味を取り戻しました。アナタの優しさと強さは、自分の力をどう使えばいいか分からなくなっていた私の行く道を照らしてくれる、太陽みたいでした。

 私は……」


 その先が口から出かかる前に、唇をグッと結んで我慢する。この先を言うのは、自分の自己満足にしかならない――優しいこの人を縛り付ける枷になってしまうから。


 アナタが私を想って駆け抜けていくのなら、それほど嬉しいことは無いけれど――アナタの優しさを、きっと私は独占すべきではないから。


 だから、代わりにその背を押し出すことにしよう。それが、私がアナタに出来る、せめてもの励ましだと思うから。


「……きっとアナタの往く道が、この星に住む全ての人たちのためになるから……どうか、この星に生けとし生ける者たちのため、神々との戦いに終止符を打ってください。私は、そのための礎となりますから……!」

「……ダメだ! ソフィア、待ってくれ! 今行くから!! 変な気を起こすんじゃないぞ!!」


 その言葉と合わせて慌ただしい足音がスピーカーから聞こえだし、後は大空洞に静寂が戻ってきた。伝えられることは伝えた――後は自分の最後の使命を果たすだけだ。残った腕で魔術杖を強く握り、その先端を天へと掲げる。


「これが最後……お願いね、グロリアスケイン。我開く、七つの門、七つの力……」


 演算と詠唱を分割思考に任せ、自身は最後の可能性を思考してみる。しかし、もはやこれしか道は無いはずだ。仮に我が身可愛さに爆弾を放置すれば皆助からないし、生半可に離れた場所から撃ってしまえばアルジャーノンに拘束されてしまう――自身が人としての尊厳を保ちつつ、仲間の活路を拓くためには、もうこれしか道はないのだ。


「汝、その魂すら凍て尽かせ……ただ塵へと……」


 だが、やはり怖い。自分の意識が消え去るのも、もう世界に影響できなくなることも。成程、アルジャーノンの気持ちも少しだけだが分かる――自分が消えても世界が続いていくことの無常さというものは、なんとも受け入れ難いものだとも思う。


 しかし、今の自分に選べるのは、辱められないように氷の棺で眠り、少しでも仲間たちが退避する時間を稼ぐこと――それ以上のことは出来ないのだ。


 そう覚悟を決めようと思っても、なかなか最後の一編を綴ることが出来ない――代わりに走馬灯のように様々なことが駆け抜けていく。母のこと、先生のこと、最初の勇者パーティーのこと、レヴァルで指揮官として任務に就いていたこと、エルさん、クラウさん、ナナコ、グロリア、そして――。


『……私はアランさんが好き』

『私は、アランさんが大好き』


 伝えられなかった想いが二つの思考で合致し――その想いが最後まで謳う覚悟をくれた。演算も完了し、六つの魔法陣が大空洞を支える巨大な柱を取り巻き――そして私は、目の前にある最後の陣に向かって杖を突き出した。


「……ただ塵へと還るがいい!!」


 もし、私の想いに意味があるとするのなら――私の想いが世界に何かを残せるのならば。この想いが撃ちだされた光に乗って、永久とわに溶けない霊柩れいきゅうと成さんことを願って。

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