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8-100:堕ちる片翼 下

 ◆


 アルジャーノンが大空洞から去って少しすると、体を覆っていた光の屈折の魔術が解けてしまった。とはいえ、時間稼ぎはもう十分。血を失ったことと、無理やり患部を凍らせた影響か、意識は朦朧としているが――ともかく力をふり絞って、自分は大空洞の柱の方へと歩いていく。


『即席の策だったけど、上手くいって良かったね』

『うん……そうだね』


 やったこととしてはこうだ。自分の得意は冷気と雷の魔術だが、第二階層程度の簡易な魔術なら他の属性も扱うことが出来る――まずは姿をくらませ、次にスザクがアルジャーノンの気を引いてくれている間に自分の腕から吹き出る血を第一階層の簡単な風の魔術で通路側に飛ばす――これで、自分が通路の方へと逃げたと錯覚させることに成功したのだ。


 さて、後は何を優先すべきか。右京の声を追ったスザクを遠距離から援護するか、それとも戻ってくるアルジャーノンに合わせてシルヴァリオン・ゼロを叩き込むか――だが、どうやらそのどちらもしている暇は無さそうだ。何故なら、柱に取り付けられた爆弾のタイマーが、あと三分を――表されているのは旧世界の文字ではあるが、ここ数日で文字の読み方と数字、基本的な単語は既に習得している――切っていたからだ。


 失った腕の代わりとして、レバーを歯で嚙みながら第七魔術弾を再び装填する。あとは、詠唱を済ませれば全てが終わる。アルジャーノンが戻ってくれば溶かされてしまうだろうが、シルヴァリオン・ゼロで周囲を大気を極限まで凍らせれば、多少の時間稼ぎにはなるだろう。


 上策としては、アルジャーノンが戻って来る前にスザクが自分を回収してくれ、ピークォド号へ戻ることだが――どうやらそれも無理そうだった。


 天からひらひらと、僅かに灯る炎の羽が舞い落ちてきて――上を見ると、胸の中心にぽっかりと穴の開いたテレジア・エンデ・レムリアの体がゆっくりと落下してきていた。その光景は凄惨であると同時に、どこか儚くて美しかった。


 彼女の体が近くの床に落ちた瞬間に、周囲を舞っていた羽も、背から生えていた炎の片翼も消え去ってしまった――それは、彼女だけでなく自分の終わりも暗示しているようだった。


「スザクさん……」


 声をかけても、やはり反応はない。立ち上がれば数歩の距離だが、近づく気力も沸かない――とはいえ、すでにピクリとも動かない彼女の身体を見れば、こと切れているか、ないし手遅れである可能性は高いと言えるだろう。


「私を連れて逃げれくれるって言ったのに……酷いです」


 返事が無いことなど分かっていても、つい悪態をついてしまった。もちろん、彼女に恨みがある訳ではない。敵がこちらの策を上回ってきただけであり、彼女もまた最善を尽くしてくれたのだから。


 もはや退路はない。しかし、まだ未練はある。周囲の様子を確認しても、もう周りに何者もの気配は無い。そのうちアルジャーノンが戻ってくるだろうが――ひとまずもう少しだけは時間がありそうだ。


 それならと――恐らくこの様子を確認しているであろう観察者とコンタクトを取るべく、しかし自分を探しているであろう魔術神に聞こえないよう小さな声で語り掛けることにする。


「……ゲンブさん、聞こえていますか?」


 自分の質問に対し、背後から――恐らく爆弾のすぐ隣にあるスピーカーから「はい」と返事が戻ってきた。


「申し訳ありません、ソフィア。アナタには辛い決断をさせてしまうことになりました」

「いいんです。今、私にしか出来ないことがある……それを全うするだけですから。でも、最後に、少しだけで良いので……アランさんに声を届けてもらえないでしょうか?」

「分かりました。繋げますので少々お待ちを」


 次にスピーカーから声が聞こえてくるのに少し時間がありそうだ――少しぼぅっとしてきてしまい、思わず視線が落ちてしまうと、凍らせた切断面が目に入ってきてしまった。


『……こんな身体じゃ、もうアランさんに好きになってもらえないかな?』


 分割した思考が、ふとそんな声を上げる。今から自分がやろうとしていることを考えれば、それは大分悠長な話だが――しかし同時に、それは結局のところは自分の本心でもあった。


 時間が経って、大きくなって、そうしたら――エルやクラウにも負けないくらい成長すれば、いつか振り向いてもらえるんじゃないか、そんな淡い期待がずっとあった。もちろん、戦っていれば負傷する確率はあった訳だし、この身と魂を勇者に捧げたつもりなのに、随分と弱いことを考えてしまったなとも思う。


 しかし、どこかで――自分はまだ大丈夫という妙な確信はあったのかもしれない。あの日、ガングヘイムで見た白昼夢。不吉な預言ではあったけれど、同時にどこかそれが本当になるのではという予感があったのだ。


 あの預言を信じるのであれば自分は全てを失うと言われていた――逆説的に言えば、皆が自分を残して行ってしまうのではないかと思っていたのだ。


 そう考えれば、これで良かったのかもしれない。自分は、一番大切なものを失うことなく――むしろ護って潰えていくのだから。あの人をこれ以上支えられなくなるのは心残りだけれど、残されていくよりはずっといい。


 ふと、背後のスピーカーからアランとナナコの会話が聞こえてくる。良かった、どうやら合流できたようだ。向こうの声が聞こえるということは、こちらの声も聞こえるということなのだろうから――何を伝えようかは全然決まっていないけれど、ともかく息を少し大きめに吸ってから声をかけることにした。

元々1日での投稿を予定していた分を長くて分割したので、次回投稿は明日8/16(水)を予定しています!

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