8-97:怒りの炎 中
『あれは、神聖魔法……!?』
「……なんなら、回復や補助、結界などの神聖魔法と言われる魔術を作ったのは僕だ。これくらい朝飯前だよ」
テレサの声など聞こえないはずなのに、アルジャーノンはこちらを見て不敵に笑う――いけない、この男を前に惚けている時間などないはずだ。テレサの勘のおかげで身をよじらすと、体の横から稲妻が一本、上から下へと落ちてきた。
魔術神アルジャーノン、本体であるダニエル・ゴードンは、確かに旧世界でも色々な魔術を扱っていた。だが、結界や回復魔法などは無かったはずだし、攻撃魔術に関するバリエーションも、以前とは比較にならない程に増えている。恐らく、まだ見せていないだけで、まだまだ厄介な魔術を多く隠し持っているに違いない。
それなら、やはり近接にて、可能な限り難しい魔術を扱わせないようにしなければ。上から一気に落下して剣を振り下ろすと、また結界に刃は阻まれるが、こちらもお構いなしに乱暴に剣を叩きつけ、こちらも猛攻を仕掛ける続けることにする。
向こうは魔術と結界を上手く使い分け、こちらの攻撃をいなしている。魔術師の身でよくここまでやれると思う反面、やはり攻撃が激しい中だと高等な魔術を使うことが出来ないようで、今の自分でも十二分に押せていた。
『グロリアさん、どうか……どうにか、アレイスターさんを元に戻す方法はないでしょうか?』
『悠長なことを言ってる場合じゃないわ! それに、簡単にどうにかできるなら私やソフィアが既にやっている!』
『そうですよね……』
優しいのは全く結構なことだが、自分としてはアレイスター・ディックとやらとの接点は無いし、湧き上がる情も憐憫もない――もちろんテレサの立場だとまた違うのだろうが、自分としては自分が旧世界でやられたこと以上に、ソフィアを傷つけたこの男のことが許せないのだから。仮に師匠であるとするのなら、その身を操られることに抗って、弟子を救って見せろとすら思う。
その怒りを剣に載せて攻撃を繰り返していると、流石の魔術神も耐えがたいのか、忌々し気にその表情を歪めているのが見えた。
「ちぃ……やっぱり盾が居ないとしんどいね……」
アルジャーノンはこちらの剣戟をいなしながら空洞の上部をきょろきょろと眺め、大声で叫びだした。
「おぉい、さっきのアレだがね、僕は君に言ったんだぞ? 今は良い所なんだ。それに、コイツの相手は君こそが相応しいだろう!?」
アルジャーノンの乱暴な要求に対し、しばし誰も答えなかったが――少ししてから、上の方から「テレサ」と宿主を呼ぶ声が大空洞に響き渡った。
「……シンイチさん!?」
宿主の感情が前面に出てしまったせいか、身体のコントロールがテレサに持っていかれてしまう――テレサは追撃を止めて辺りを見回し、声がしたほうを探しているようだった。
『テレサ、今はそれどころじゃない! アルジャーノンを倒すことが優先よ!』
『でも、でも……!』
宿主の視線の先――連絡橋の続く施設の扉の影に一人の少年の姿があった。それを見た途端、テレサはアルジャーノンの追撃の手を止めて飛翔し、少年が居た場所へと一目散へと向かっていってしまう。
『テレサ! 戻りなさい!』
『いいえ、ソフィアさんは離脱しましたし……シンイチさんが敵なのなら、挟撃されることを避けなければならないはずです!』
『それらしいことを言って! アナタはアイツに会いたいだけでしょう!?』
『そうです! それに、私の言うことだって間違えてないはずです!』
確かに、アルジャーノンを攻めている間に背後から攻撃されたらひとたまりもないが――それでも、二兎を追う者は一兎をも得ず、生半可に戦力を分散させるべき時でもないだろう。
しかし、宿主は止まってくれない――しかし、少年の姿があった高さまで移動しても、その影はすっかりと消え失せてしまっていた。
「テレサ……」
そして、もう一度声が聞こえる――今度は更に上だ。突如として移動しているのは、一体どういうことなのか。施設のスピーカーやホログラムをジャックして、それらしく見せることなど、あの男になら容易だろうが――完全にただの直感だが、今のは紛れもない肉声だったようには思う。
もし、仮に今聞こえた声が肉声であったとするのなら――自分は、そのことに一つだけ心当たりがある。元々彼が使えた能力ではなかったはずではあるが、もしその可能性が当たっているとするのなら、彼を放置するのも相当に危険と言える。
『……確かに、イヤな予感がするわね。一瞬で右京を片づけてすぐに戻りましょう!』
『はい!』
不思議な幻術を見せる少年に対して警戒心を高めた自分と、少年に会いたい一心の宿主との意見が合致し、誘う声に導かれるまま、自分は大空洞の最上部を目指して片翼の羽を羽ばたかせた。




