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2-4:宿屋にて クラウディア・アリギエーリの場合 下

「そうだ、アラン君、ティアと話したことないですよね?」

「あぁ、傷を治してくれたらしいけど、まだ話せてないな。ついでにごちそうさん」

「はい。お粗末様でした。それなら、今からちょっと交代しますね……」


 クラウはそう言いながら目を瞑った。少したって目を開くと、そこには青い瞳がある――いつもと変わった感じはしない。


「……変な話、しないでくださいね?」


 まだ交代していなかったらしい。こちらの返答も聞くこともなく、クラウは再び目を閉じた。一瞬、肩の力が抜けたように見え――再び目を開いた時には、今度は瞳の色が青から朱色に変わっていた。


「やぁ、アラン君。ボクがティアだよ」


 クラウの体なのに、本当に別人のような雰囲気に変わった。ティアと名乗る少女は、気だるげに右手を上げて挨拶してきた。ある意味、クラウ以上にすっとぼけた調子。この一言だけで、なんとなくもう一つの人格の人となりが伝わってくる。クラウがかしましく、その実は割と肩に力が入っているのに対し、ティアとやらは脱力系のすっとぼけらしい。


「あぁ、初めまして。傷、治してくれてありがとうな」

「どういたしまして。と言っても、治したいと思ったのはクラウさ。ボクは、クラウの希望を叶えただけ。祈りはクラウのもの。だから、クラウにも礼を言ってあげてくれ」


 そこでティアは話を切って、手を口元にあててくすくすと笑い出した。


「うん? 何がおかしいんだ?」

「いや、実はね、ボク達は意識を共有していたり、していなかったりする。大体のケースでは、お互いに覚醒状態なのだけれど……ちょっとアラン君と話している間、クラウに眠っていてってお願いしたのさ。だから、変な話はしないでくれと釘を刺されたんだね」


 可愛いねぇ、なんて笑いながら、ティアは手をひらひらせた。


 しかし、元々解離性人格障害と思っていたのだが、瞳の色が変わる、とまでなるならば、単純な多重人格ではないのかもしれない。それこそ、魔法のある世界なのだ、本当に霊か何かが取り憑いているのかも――。


「……ふふふ、アラン君、そんなに真剣な見られたら恥ずかしいよ?」


 当の本人は全然恥ずかし気ではないが、確かに無為にじろじろ見てしまったのは確か、少し身を引いて謝ることにする。


「えーっと、すまない」

「いやいや、いいんだ……うん、君はやはり不思議だね。クラウは気付いていないようだけれど……記憶喪失は嘘でないとしても、君は何か、ボクに近い存在な気がする」

「うん……?」


 ティアが机から身を乗り出して近づいてくると、雰囲気が一転する――その瞳の赤が妖しく揺らめいているからだろう、まるで蛇に睨まれたかのような気分になる。


 なんとなく、彼女はこちらの深い部分まで見透かしているような気がする。こちらが転生者などとは分かるはずもないのだが、それでもそれに近いところまで、この子は感じ取っているのかもしれない。


 しかし、ボクに近い、とはどういう意味だろうか。その真意を聞く前に、ティアは乗り出していた身を背もたれに預け、小さく笑った。


「……ごめんよ。ちょっと意地悪してしまったかもしれないね。まぁ、クラウをいじめている分、ささやかなボクからのお返しということで」

「いや、いじめてるんじゃなくて、アイツとは遊んでいるだけだぞ?」

「ははは、面白い。そうだね、クラウもその気みたいだから、いいんじゃないかな。これからもクラウのこと、よろしく頼むよ。それじゃね」

「え、おいちょっと……」


 待ってくれ、そういう前に、少女の肩の力が抜けたように見えた。そして目を開いた時には、いつもの青い瞳に戻っていた。戻ってすぐ、ちょっと上目遣いな調子で、クラウはこちらを睨んできている。


「……なんか、変な話しませんでした?」

「えーっと、むしろ煙に巻かれて終わったような……?」


 クラウはほっ、と胸を撫でおろし、姿勢を正して椅子に座りなおす。


「まぁ、ティアはいつもそんな感じです」

「そうか……あぁそうだ、いつもクラウをいじめてるからって、ちょっと仕返しされたぞ」

「おぉ、さすがティア!」

「でも、遊んでるだけだって返したら、クラウもその気みたいだからって」

「ティアー!? ま、まぁとりあえず、挨拶は済んだのようなので良しとしますか」


 椅子から乗り出したり落ち着いたり、忙しい奴だ。しかし、忘れる前に、ティアに言われたことをクラウに言わなければ。


「なぁ、クラウ」

「はい、なんです?」

「ありがとうな」

「……? はぁ、まぁ私はいつでも清く正しく、礼を言われるように品行方正に生きている美少女ですが」

「美少女なことは別に否定はしないが、鏡を見ろって言いたくはなるな」

「美少女が映るだけですって」

「ハハハ」

「ハハハ」


 調子に乗るなと言いたいが、まぁ彼女自身がとぼけて見せているのはありがたい部分もある。エルもソフィアも真面目過ぎるから、彼女のようにいい加減な奴が一人いるくらいが丁度いいだろう。


 それに、別にティアに嫌悪感があったわけでもないが、クラウのほうがしっくりくる。ティアとはまた今度、機会があればゆっくり話せばいい。


 机に目をやると、クラウが包みを片づけ終え、膝の上に乗せてこちらに向き直った。

 

「さて、話をまきまきと巻き戻しますが……宿の件ですが、私も詳しくはありません。なにせ、ずっとタダで宿泊していたので」

「うーん、それならエルに聞くか?」

「いやぁ、エルさんも詳しくはないと思いますよ? あの人、高級な所に泊ってますもん」

「それだけ稼いでるって証拠じゃないか」

「いえ、勘ですが、アレは宿を探すのが面倒だから、高くてサービスの良いところを選んでるんです。少なくとも、リーズナブルな所は知らないと断言できます」

「確かにな……というか今更だが、別に同じ街の中の近い場所にいるんだし、別に今のまま別々に宿を取ってても良い気もするがな?」


 まぁ、もちろん同じ屋根の下というほうが、すぐに一緒に行動しやすいという利点はある。それに、相手は美少女三人なのだから、一緒のほうがテンションは上がる。とはいえ、男の自分はどうせ別部屋だし、とくにクラウとソフィアに取っては寝慣れているベッドもあるのだろうから、わざわざ一緒にする必要もない気もしてきた。


「私はソフィアちゃんに賛成ですよ」


 考えている途中で、クラウのほうからその一言が飛び出してきたのは意外だった。お金がもったいないからタダの所に泊り続けたい、とクラウこそ言いそうと思っていたのだが。


「へぇ、なんか理由はあるのか?」

「単純な理由ですよ。楽しそうだからです」

「……なるほど、それはとっても良い理由だ」


 クラウもソフィアも、このパーティーに愛着を感じてくれている。それならば嬉しいし――彼女たち全員、結構重たいものを背負っている子たちだ。もちろん、自分にできることも模索する気だが、同性同士で通じ合うものだってきっとあるはず。そう思えば、ソフィアの件は、自分より彼女のほうが適任だ。


「なぁ、ソフィアのことなんだが」

「分かってますよ。敬語禁止の件、彼女が少しでも誰かに甘えられるようにってことですよね? 私も孤児院でお姉ちゃんしている時期もありましたし、お任せください」

「あぁ、頼むよクラウ。お前のほうが歳も近いだろうし、同じ女の子同士だからな」

「言われなくとも。ソフィアちゃん、可愛いですからね……実はお近づきになりたかったんですよ、じゅるり」

「うわ……なるほど、これが事案ってやつか」

「そ、そうですよ? 私はアラン君にそれを伝えたくて、わざと言ったんですからね?」


 こほん、と咳払いをして、クラウは立ち上がった。


「ん、行くのか?」

「はい、調合を今日中に済ませたいので……宿の件、ジャンヌさんにも聞いてみますね。一応、午後にエルさんも来ると思うので、お金の件とか宿の件とか、色々聞いておいてください」

「あぁ……しかし、あいつまで来るかな?」


 エルは面倒見は良いが、どちらかと言えば助けを求められれば助けるタイプで、わざわざ自分からは来ない気がする。そう思っていると、クラウは口元に人差し指をあてて笑った。


「きっと来ますよ。昨日別れたあと、結構アラン君の体調、心配してたみたいですから……ただ、私は朝のお祈りがあるので早起きしますが、彼女こそ冒険者なので……」

「なるほど、朝は弱いと」

「はい。それで、多分ソフィアちゃんは昨日のうちに、エルさんは今日の午後に来ると思ったので、私はこの時間を狙ってきたわけです。私たち三人はお互いにそこそこ有名人なのでなんとなく人となりも分かっていますが、アラン君とは少し二人で話したかったので」


 確かに言われてみれば、クラウとはまだ三日分程度の付き合いしかない。まぁ、それはエルとソフィアもそう変わらないが――しかし、彼女ら二人とは、一対一で話す時間があったのに対し、クラウとはその時間が無かった。その分、危険な任務を遂行するための仲間として、彼女なりにテストしに来ていたのかもしれない。


「改めて、俺と組むのは問題なさそうか?」

「そうですねぇ、一緒のパーティーを組むのに、及第点ってとこでしょうか?」

「手厳しいな。まぁ、今後とも精進するよ」

「はい、改めてよろしくお願いしますね、アラン君。それじゃあまた明日の朝。場所は、ここの食堂に朝九時でいいんでしたっけ?」

「あぁ、そのはずだ。それじゃあ、また明日な」

「はい、それじゃあアラン君、また明日、です」


 そう言って微笑む彼女を見て、少しドキ、としてしまう。無駄に喋らなければ清楚な美少女なのだから、ちょっと高揚してしまうのも仕方なしと思いたい。


 肝心のクラウは、挨拶だけしてすぐ振り向いていたのが幸いだった。こちらが少し最後に緊張したのを知られずに済んだからである。


【作者よりお願い】

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