8-92:魔術神との問答 下
「さぁて、まずは一つ種明かし……先に言っておくが、別に恩を売ろうってわけじゃない。ただ、どうして君はアルファルド……星右京に記憶を操作されたのか、気になるんじゃないかい?」
「それは……」
今はそれどころではないのだが、気にならないと言えば嘘になる。どの道、こちらから話すことは無いのだから、こちらは黙って相手の気の向くままに話させるのが良いか――この男の魂が元々学長に宿っていたとするなら、どうせこちらの話なんか聞いてくれないし、一方的に喋繰りまわすだけなのだから。
「沈黙は肯定と受け取るよ。実はね、彼は最初、事故に見せかけて君を殺そうとしていたんだ。理由は簡単、これは君も気付いているだろうが、君がガングヘイムや世界樹などを見たら、この世界の真理に気付くと彼は警戒したからさ。
ま、そのほかにも酷く個人的な理由もあったようだがね……あの男も中々複雑な精神状態をしているからさ。勇者ごっこは彼なりにまじめにやっていたらしいけれど、君の過度な期待に耐えられなかったんだろう……だからこそ彼は君を恐れたんだな」
「……どういう意味ですか?」
「なぁに、彼はプライドが高いんだよ。いや、正確には恐ろしく小心者で、誰かに失望されるのが耐えられないんだ。実際賢くて抜け目ないんだが、それは人を失望させないように先回りをしているから……だからなるべく人前に姿を現さないのさ。誰かに見られなければ、嘲られる危険性も無いからね。
それでまぁ、きっと君は、その賢さが故に彼が偽りの勇者であるとそのうち見抜いただろう。そして彼は、自身の正義感や思考が君の理想に当てはまらず、失望されるのを滅茶苦茶に恐れた……という個人の感情が半分あったってことさ」
アルジャーノンはとぼけた様子で――その調子は、わが師アレイスターの容姿に似つかわしくないのだが――「こんなことを吹聴したら後で怒られるかな?」と辺りを見回した。恐らく、どこかで彼もこの会話を聞いているということなのだろう。
しかし、アルジャーノンの言っていること自体はあながち嘘とも思えなかった。自身の勇者シンイチに関する記憶は幾分か改竄されているのだろうが、それでも――記憶にある繊細な彼の様相と一致するから。
「ともかく、君を死なせてしまうのは世界の損失だ。それで、僕が直々に彼に頼み込んだわけだよ。勇者シンイチに関する一部の記憶のみを改竄し、それらしい理由をつけて勇者のお供から外す様にと。
本当はそのまま君を学院に連れ戻したかったんだが……そうだろう? 魔王討伐だなんて茶番だからね。さっさと戻ってもらって研究に専念してもらいたかったのだが、まぁ学院きっての英才が出戻りじゃ外面も悪いしね。一年くらい待ってやろうかと思ってレヴァル指揮官の立場までは許したって形だよ」
「……それでは、アナタの意見が無ければ、私はここにはいなかったんですね」
「そう、その通り!」
こちらの言葉に対し、アルジャーノンは大仰に両の手を打った後、こちらを指さしてきた。自分としては彼の言い分は全く納得できないのだが――自分は物心ついた時から魔王と戦うために研鑽を積んできたというのに、それを彼は茶番と言ったのだから。
そんなこちらの感情など無視して、男はマイペースに喋り続ける。
「さっきも言ったけど、だからって恩を売るつもりがある訳じゃないんだけどね……それに本当は、チェン一派なんぞも放っておいてほしかったんだけど、何せ学長の身体は吹き飛んでいた訳だろう? それで、王都を去る君を止めることも出来なかったわけなんだけど……」
「ちょっと待ってください。転写先の素体が死滅すれば、記憶の再構築に半年は掛かると聞いていました……アナタはそれよりも早く復活していますよね? その理由は何ですか?」
「まぁ、その辺は勇者の凱旋式に合わせて襲撃が行われるというアルファルドの読みが当たった形だね。だから、僕もアルファルドも、既に人格の移行作業を済ませていたのさ。
ただ、僕の場合は学院長の格がある者を素体とし、徐々にその者に馴染んでいく必要がある……それで、ちょいとばかし休んでいたという訳だね」
成程、この辺りは半分はゲンブの読みが当たっていた形だ。右京は自分たちとゲンブ一派の対立構造を作るため、わざと犠牲になって見せたのだと。ただ、それは襲撃時における右京の瞬間的な閃きではなく、周到に用意された計画の一部だった――その部分は、自分たちの中で誰も気付けなかった。
しかし、アルジャーノンは先ほど言っていたことと一点だけ矛盾した行動を取っている。それは――。
「……君は今、こう思っただろう? 君の師、アレイスター・ディックの人格を奪って僕が健在しているのは、第六世代型アンドロイドの自立を願うという理念に反すると……まぁ、その意見を否定はしないさ。
だがね、僕が君たちに期待しているのは、新しい可能性を生み出すことだ。アレイスター君は秀才だが、天才じゃない。過去の積み重ねをそれっぽく扱うことは出来るが、新しい可能性を生み出す可能性は限りなくゼロに近い……僕が素体として選ぶのはそういう手合いだよ。だって僕が身体を奪ったところで、魔術の発展を何一つ阻害しないんだからさ」
彼の言い分は理解できるところはある。自分の師を蔑むつもりはないが、アレイスター・ディックは確かに世紀の発見をするタイプではないからだ。
もちろん、第七階層の魔術を作れるだけでも当代の中に一人も現れないこともあるほどなので、アレイスターは間違いなく素晴らしい素養を持っている。しかし――敢えて言語化するとするなら、彼は真っ当すぎるように思うのだ。
師は学院が積み重ねてきた学問を――とはいえ、主要なインフラ部分などは旧世界の技術をこの世界風にあてはめたものなのだろうが――正しく理解しそのまま活用することは出来ても、未知の可能性を生み出すタイプではない。
そう言う意味では、何か可能性を生み出すのは、ある種の狂気なのかもしれない。敷かれた道筋で社会が十分に成り立っているとするのなら、そもそもそこから逸脱しようとは思わないだろうから――逸脱できるのは、社会通念などを無視できる狂気をはらんだ人間と言えるのかもしれないと、そう思った。
次回投稿は8/8(火)を予定しています!




