8-91:魔術神との問答 中
「なっ……!?」
「驚いているようだねぇ……そうさ、本来ディスペルというやつは扱いが難しい。相手の演算を見てから後だししないといけないし、構成要素を理解していなければならないんだからね。第七階層ともなれば、第六世代型である君たちに解呪などできないだろう。
だが、君のシルヴァリオン・ゼロを博士課程修了と認めたのは僕さ。だから、君の魔術を解呪することなど、僕には朝飯前なんだよ。さて、これで君は僕にかなわないことが立証されたわけだ、ゆっくり話でも……」
こちらが自分の魔術を無効化されたことにショックを受けている間に、アルジャーノンは早口にまくしたてながらこちらに手を差し伸べてくる――その口上が途中で止まったのは、スザクが剣を持って再び男の方へと切りかかったからだ。
「ダニエル・ゴードン! 覚悟!!」
「おぉい、ヒステリ女が五月蠅くてかなわん……ちょいと引き受けてはくれないか?」
飛び掛かるスザクの剣戟を、再度風の魔術でいなす傍ら、アルジャーノンは面倒くさそうに頭を掻きながらそう呟いた。すると、大空洞の至る所で一気に粒子が巻き上がり――恐らく百は下らないであろう第五世代型アンドロイドたちが一斉に姿を現した。
「……まだこんな数がいたの!?」
スザクが驚愕に声を上げるのと同時に、周囲のアンドロイド達は一斉に彼女に攻撃を仕掛ける。柱にある爆弾を起爆させないようにするためだろう、火器や光学兵器はなく、投擲がメインであることが幸いしたのか、攻撃が届く前に彼女は飛翔した。
「だけど、姿を現したならこっちの物よ……破壊し尽くしてやるわ!」
そして彼女は片翼の翼を閃かせ、上部に居る機人達の迎撃へと向かった。アルジャーノンも、今はそちらへと視線を向けている。今、この隙に――。
「……止めておきなよ、無駄な抵抗さ。それに繰り返し言うが、別に僕は君と戦いに来たんじゃない。ま、やりたいなら止めはしないけど、抵抗は話を聞いてからでも良いんじゃないかな?」
「アナタの話を聞いたら、私は操られてしまうかもしれない。だから……」
「いいや、そんなことはしないさ。信じてもらえるか分からないが、僕は君たち第六世代型アンドロイド達の可能性を摘むのが嫌いでね……だってそうだろう? 操ったり命令だけ聞かせるようにしたら、それは第五世代型と何も変わらない。新しい発見の可能性も見いだせないからね。
ま、そう思って三千年のあいだ君たちを見守ってきたが、なかなかそう優秀な個体は出てこなかった……君と出会うまでは」
アルジャーノンはスザクを見送りながら、こちらも見ずに話を続ける。そして大空洞の上空で激しい物音がし始めたのと同時に、視線を降ろしてこちらを真っすぐに――底の知れない笑みを浮かべながら見据えてきた。
「ともかく、そう警戒しないでくれるかな? 僕は話に専念したいんだ」
「……アナタは、私の身体を人格の転写先として狙っているんじゃないですか?」
ウリエルたちが自分を狙わなかった理由に対する自分の推論はこれだ。恐らく、七柱は自分の器として、より自分の力を発揮しやすい個体を求めている。他の七柱たちは自らの血族を好むようだが、アルジャーノンは魔術的な資質の高い個体を好む傾向にあるように思う――だから、彼は当代最高の魔術師である学院の学長に自らの人格を転写するのだ。
アレイスター・ディックの魔術的な資質は間違いなく素晴らしい物だと断言できる。しかし、その素質は自分の方が高い――元々勇者のお供として彼ではなく自分が選ばれたのは、扱える魔術の種類もあるが、要するに魔術の演算能力が自分の方が早く、より魔術に対する適性が高かったからに他ならない。
そうなれば、先生の身体は仮の依り代として――最初から自分を選ばなかった理由は気にはなるが――人格を転写しているのであり、彼は自分の身体を狙っているのだと、そう予想したのだ。
自分の推論に対し、アルジャーノンは一瞬だけ呆気にとられたような表情を取り――しかしすぐに小さく噴き出して、再び目元を手で覆って大笑いをしだした。
「はーっはっはっは! なるほど、なるほど……そんなことを警戒していたのか! その点は安心していい、そんな気は毛頭ない……僕はね、君と友だちになりに来たんだよ」
ひとしきり笑い終わって落ち着くと、アルジャーノンは口元に微笑みを浮かべながらこちらを見る。その微笑には、いやらしさも嘲りも無いようには見える――目元にも皺を寄せている者の、視線はどちらかと言えば真剣なようにも見え、彼なりに真面目に自分と会話しようという意識は何となく読み取れた。
しかし、友だちになりたいとはどういうことなのか、それはそれでまったく理解できない。万年を生きてきた彼の思考を推し量ることは難しいのか、考えを巡らせても彼の真意を読み取ることはできなかった。
それに、悠長にしている暇はない。スザクが一人で戦っているところで、この男の話に耳を傾けている時間は無いのだ。しかし、確かに彼は自分のありとあらゆる魔術に瞬時に対応してくるし、力推しで勝てる相手でないのも事実――そうなれば、話を聞くふりをして打開策を練るのが良いかもしれない。
「ふふ……いいねぇ、その眼。僕の話を聞いている間に、打開策を練ろうってんだろう? そういう反骨心がまた素晴らしい……ま、何か良い案が思いついたらやって見給えよ。それはそれで楽しそうだからさ」
男はそう言いながら踵を返し、数歩下がって再び柱の土台の方へと下がっていく。背後を狙い打とうとも思ったが、そんなことをこちらが検討しているのは向こうも織り込み済みだろう。
魔術杖を持っている間は太刀打ち出来ない――そうなれば、どうにかして相手の魔術杖を破壊する手段は無いか。そう考えている内にアルジャーノンはこちらを向き、「どっこらしょ」と言いながら土台部分に腰かけた。




