8-90:魔術神との問答 上
「ファランクスボルト!」
魔法陣の先端から追尾性のある無数の電撃が我が師に向かって飛び掛かる。近くにある爆弾を想定すれば、余り広範囲な魔術では危険を伴うし、命中精度の高い魔術なら誤射もない。
しかし、やはり自分の予想通りに相手は普通の人間ではなかった。アレイスター・ディックの姿を取った何者かは、まるでこちらの魔術を読んでいたと言わんばかりに――いや、むしろ読んでいても本来なら対応できない速度で解呪の術式を組んだ。
「な……えっ!?」
スザクは急な出来事に困惑しているのだろう――とりわけ、旧知のテレサの人格は、事態を呑み込めないどころか、何故自分が師匠に向かって自分が魔術を放ったのか理解できない、という驚きの表情でこちらを見ている。
一方、第五階層相当の解呪術式を無詠唱で編み、こちらの魔術を霧散させた男は、本来の彼の温和さに似つかわしくない不気味な笑みを浮かべていた。
「酷いですね、ソフィア……折角の再会だというのに」
「もしアナタが本物のディック先生なら、私がしたことはとんでもない過ちです……ですが、先生が一人でこんなところに来れる可能性は限りなくゼロに近い。
可能性としては考えられるのは、第五世代型アンドロイドが光の屈折で先生の姿を取っているか……もしくは、魔術神アルジャーノンに身体を乗っ取られているか、どちらか……そのどちらであっても攻撃するという判断は間違えていないはずですし、そして恐らく後者であると考えています」
声は先生のモノだったし、そう言う意味ではアンドロイドが化けている可能性は元から低いと考えていた。もちろん、旧世界の科学力があれば、声帯模写など簡単にできるのかもしれないが。
しかし、先ほどのディスペルを見て確信した。第五世代型アンドロイドがディスペルを出来るとは考え難い。出来るなら今までの戦いの中でもされていただろう――何より、我が師であるアレイスター・ディックですら、先ほどのような速度で魔術を編むことは出来ないはずだ。
そうなれば、可能性としては一つしか考えられない。学長ギルバート・ウイルドの肉体を失った魔術神アルジャーノンが、次の依り代にアレイスター・ディックを選定した――そして、今自分の目の前に立ちはだかっている、それで間違いない。
そう推理しながら視線を改めて目の前の男に向けると、先生の姿を取った何者かは杖を肩に掛けながら両手を叩きだした。
「いやぁ、素晴らしい……一瞬でそこまで判断しただけでなく、一応は師の身体を利用されているという後者の可能性を考慮してすら攻撃したという訳かい」
「えぇ……今は一刻を争います。私は師を殺めた罪を背負ってでも、その背後にある爆弾を止めなければなりませんから」
「はっはっは! アレイスター君は泣いて良い! 一生懸命育てた我が弟子が、何の躊躇もなく攻撃魔術をぶっ放してきたんだからな!!」
男は拍手していた手で眼鏡を押さえ、天を仰ぎながら大きく笑い出した。ひとしきり笑い終えてから顔を降ろし、指の隙間から覗く瞳でこちらを見つめてくる。
「だが、僕が気に入っているのは君のそう言うところだ、ソフィア君」
「否定をしなかったところを見るに、私の推測は間違えていないということですね……アナタにも恩が無いとは言いませんが、私はアナタ達と戦うと決めました。ですから、容赦はしませんよ!」
「まぁ待ちなさいって……僕は君と話をしにに来たんだ」
「第七魔術弾装填!」
杖を振り回しながら空いた弾倉に次弾を装填し、自分の持つ最大の魔術を放つ演算を始める。どの道、背後にある爆弾もろとも絶対零度の檻に閉じ込めれば早い話である。もちろん、自分に魔術を教えてくれ、それ以外にも多くのことを教えてくれたアレイスターには敬愛の念もあるが――魔術に関して自分より遥かに高みにいる相手をするのに、手心をくわえる余裕が無いのも確かだ。
『……やっぱり私は冷たい人間なんだね』
一瞬、分割した思考領域にいるもう一人の自分が呟く。きっとこの場にアラン・スミスがいたならば、先生からアルジャーノンを分離させる方法を模索するため、この場では相手をどうにか殺めない方法を選ぶに違いない。
ヒロイックな人なら、この場でも可能性を諦めない。それは、凄く貴いことだと思う。それを応援したい気持ちは間違いなくあるが――。
『加減できる相手じゃない……決断が一瞬でも遅れれば、仲間が皆やられることになる。だから、演算を手伝って』
『うん……そうだね』
そう、自分は英雄でも勇者でもない。ただ、考える可能性の中で、少しでも勝率が高い道を選ぶだけ。全力を賭してでも勝てない可能性が高い相手なら尚更だ。そう思いながら魔術を編んでいると、恐らく自分に共感してくれたのだろう、スザクが翡翠色の刃を抜いて男の方へと駆けて行った。
「ふぅ……多少器が若くなったからと言って、こいつは骨が折れる仕事だ!」
対するアルジャーノンは再び魔術杖のレバーを引き、高速で口を動かしながらその先端を正面へとかざす。空中に浮かんだ魔法陣から強大な一筋の風の刃が放たれ――それをスザクはアウローラでいなしたが、受けるために足は止めてしまった。
スザク側に生じた隙に対し、男は再度レバーを引き、また高速詠唱を行うと、今度は合計六つの魔法陣が乱れ飛び、各々からスザクに向けて真空の刃が襲い掛かった。テレサの剣士としての腕前はグロリアと融合しても衰えていないおかげか、スザクはそれらに良く対応していなし、躱してはいるものの、連続して繰り出される風の刃に進撃は阻まれてしまったようだった。
「くっ……!?」
「スザクさん、下がって!」
こちらの声にスザクは片翼を羽ばたかせながら背後へ下がり、自分は完了した演算を元に爆弾が取り付けられているという柱を目掛けて自分の正面に浮かぶ魔法陣の中心を杖で突き出した。
「シルヴァリオン・ゼロ!」
「ふはぁ!!」
アルジャーノンは瞳孔を広げながら狂気の笑いを見せ、杖のレバーを素早く操作して再び唇を高速で動かし始めた。何をするつもりなのか分からないが、もう遅い。すでに柱の周りまで飛ばした六つの魔法陣に向かって――師匠の体を撃ち貫くように――光線が飛んでいるのだから。
だが、その光線が背後の陣まで届くことは無かった。身体を貫くつもりで撃ちだした光線が、男の突き出した魔術杖の前で霧散すると同時に、柱を取り囲んでいた魔法陣もボロボロと崩れ落ちていってしまったのだ。




