8-88:鏡合わせの二人 上
自分はすぐにその後を追うが、追いつくには小走りが必要だった。目的地は近いのか、それとも敵の警戒をしているせいか、スザクは走らずに早い歩調で歩みを進めている。それに着いて行くのに精いっぱいだった。
この半年間は、レムリア大陸の東西を横断し、南大陸の南北を縦断したのだから、自分は歩きなれているはず――それに、仲間の歩調に合わせて歩いていても遅れることはなかったはずだ。それでも、ずんずんと進むスザクの歩調に合わせようとすると、自分の方は少し走るくらいでないと追いつけないのだ。
『私って、歩くのそんなに遅くないよね?』
『もしかすると、皆が歩調を合わせてくれてたのかも……』
今更ながらにそんなことに気付き、なんだか胸が締め付けられるような心地がしてくる。自分は周りを冷静に見ているつもりであったし、むしろいつだって自分を置いて行こうとする彼に対して不満を覚えていたものだった。
なのに、そんな単純なことに気付いていなかっただなんて――そう思って少し気分が沈んでいると、スザクの方が少し歩調を落として自分の隣に並んだ。
「ソフィア、私ね……最初はアナタのことを気に入らないやつだと思っていたの。
あ、勘違いしないでね。テレサがアナタのことを悪く思ったことは一度もないわ。パーティーから外された時も心配していたようだし……同時に、子供のアナタが巻き込まれずに済んで安心していた部分もあったみたいだけれど」
「……半分は嬉しいですけど、半分は余計なお世話です。私は、物心ついた時から魔族と戦うために研鑽を積んできました。私にとっては戦うことは当たり前のことでしたし、勇者のお供を外されるのは自分の存在意義を損なうとの同義ですから」
自分の反論を聞いて、スザクは小さく笑った。こちらとしては真剣な思いでいたのに笑われるとなれば、やはり苛立ちを――機械的な人格であっても――覚えてしまう。
「何がおかしいんですか?」
「きっと、アランやべスターも、私に対して同じことを思っていたのでしょうね……今更ながらに分かったわ」
そこでスザクは一度言葉を切って瞼を閉じる――すると、少しきつい雰囲気は鳴りを潜め、自分の良く知るテレジア・エンデ・レムリアの横顔が現れる。
「アナタが真剣なことは、皆分かっていました。私も、アガタさんも、それにアナタの師匠であるアレイスターさんも……討伐メンバーから外されたら酷く落胆するのも分かっていましたし、同時に自分たちは恨まれるかもしれないとも思っていました。
でも、それでも良かったのです。恨まれたっていいやって。それで、アナタが少しでも安全な場所に居てくれるなら、それでいいと……」
「だから、余計なお世話です。私は……」
自分の存在証明のために――と言いかけて言葉を引っ込めた。先ほどから、自分は自分はと子供じみていたことに気付かされたからだ。歩調だってそう、皆の自分に対する思いだってそう――自分ばかり背伸びしていて、周りはいつだって自分のことを気遣ってくれていたというのに――。
「……申し訳ございません、テレサ様。私は、自分のことばかりで……アナタ達の優しさをきちんと理解していませんでした」
「いいえ、良いんですよ。私がアナタの立場だったら、きっと同じように思ったでしょう」
「でも……でも、今は違うんです。私は、自分の存在証明なんて、もうどうだっていいんです。私は、アランさんの役に立ちたいんです。どれだけ近くに居ても、どれだけ支えようとしても、全てを背負いこんで一人で戦ってしまうあの人を支えたくて……」
「……その気持ちも分かるわ。私も同じだったから」
いつの間にか下がっていた視線を戻すと、彼女の雰囲気がまた一変していた。
いつもだったら、少しまたムッとしてしまっていたところかもしれない。アナタに私の何が分かるんだと。しかし、彼女は――この世界でグロリア・アシモフだけは、確かに私と同じような体験をしたことがあるというのは理解できる。
自分とグロリア・アシモフは、同じように母に道具として扱われ、同じ人に救われた――そして、同じ人に想いをよせているのだから。
『きっと、私は怖いんだね。自分に近いこの人に、私は勝てないんじゃないかって……』
『……それだけじゃない。この人は、私よりもずっとずっと長い時間、アランさんを想っていたから……』
想いの強さで負ける気は無いが、時間の長さだけはどう足掻いても抗いようがない。この人の知らないアラン・スミスを自分だけが知っているのと同様に、私が知らないアラン・スミスをこの人はたくさん知っている――それも、きっと自分だけがもっている以上の量の思い出を。
そうなると、この人にだけは、なんだか太刀打ち出来ないような恐怖感があるのだ。本当に、この人があの人に好意を寄せているなら――。




