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2-3:宿屋にて クラウディア・アリギエーリの場合 上

「……というか、それなら私も敬語抜きにしていいですか?」


 何やら机の上に小包を置いてから、クラウは呆れたような目でこちらを見ている。


「いや、お前はもうちょっと周りを敬った方がいいからそのままで」

「ひどい! 横暴です!」


 ぶーぶーとぶー垂れているが、別に本心から気にしている様子ではない。というか、こう適当なのが彼女の良いところである。うん、きっと良いところに違いない。


 クラウディア・アリギエーリ、教会から追放されたという、神聖魔法の使い手。そういえば、自分で考えたカッコいい二つ名で大聖堂の異端者とかなんとか言ってた気がするのは、今更ながらにそういうことだったのかと納得する。


 とはいえ、悪い奴ではない。追放されたのはその身に二つの魂を宿しているから誤解を受けただけ、らしい。しかし、もう片方の人格――ティアと言うらしいが――には自分はまだ会ったことが無いので、本当にもう一人の人格があるのかは分からないのだが。


 今、目の前に居るのはクラウという人格。ひとまず彼女は適当でいい加減、そのうえ絶望的な方向音痴だが、面白くて話しやすいので、会話をしていて楽しい相手だったりもする。


「いいですよーだ。せっかく朝食を作ってきてあげたのに。ひどいこと言うアラン君にはあげませんから」

「な、料理とかできたのか」

「え、なんですそんなに意外です? 今度は割と真剣にショックなのですが……」


 確かに、今度のリアクションは少々薄い。反応が大げさな時は元気だが、こういう時は割とマジっぽい。更に追い打ちを掛けるように、今は朝の九時、このまま昼飯まで何も食べないでおこうかとも思ったが、確かに腹も減っている時間帯であり、朝食をいただけると大分ありがたいのも確かだ。ここは素直に謝ることにする。


「いや、すまん、意外というより、腕っぷしが強いからな。自分で作らなくても、飯にありつけそうじゃないか」

「それはそれ、これはこれ、腕っぷしと料理の腕は関係ないですし、あと女の子に腕っぷしとか言うのもどうかと……まぁ、所詮アラン君の戯言ですからね。私は心が広いので、今回は特別に許してあげます」

「ぐぬ……なんか癪だ」

「ふふーん、お返しですよ。さ、どうぞ」


 そう言いながら、クラウは目の前の包みを開ける。中にはバケット風のパンで出来たサンドイッチが入っていた。手に取ってみると、野菜と焼いた鳥肉を挟んだシンプルなサンドではあるものの、野菜の切り方などは綺麗なので、なるほどこれは手慣れている者が作った感じがする。


「おう、旨そうだな。いただきます」

「はい、めしあがれ」


 サンドに噛り付く。旨い。少々パンは硬いが、そもそもこれはパン屋で買ったものだろうから、クラウに言うのもお門違いだろう。


「うん、旨いよ。さすがは銭ゲバの錬金術師」

「なんか色々混ざってる!?」

「錬金術師で思い出したが、薬草は結局どうしたんだ?」


 もとはと言えば、ハイデル渓谷に薬草を取りに行ったのが龍の騒動の発端だった。その後、あれよあれよという間にパーティーを組むことになったが、そういえば元々薬草の調達を依頼していた人物すら俺は知らない。


「あぁ、アレですか。昨晩なんとか調合して、半分はジャンヌさんに卸しておきました。残りも今晩中に終わる予定です」

「そうか、依頼主はジャンヌさんだったのか」

「はい……それで、報酬はどうしましょう? パーティーなら、財布をある程度まとめておくのも良いかと思うのですが」


 要するに、自分が預かったままにしておこうか、と聞いているらしい。銭ゲバと呼ばれているだけあって金銭感覚はしっかりしていそうだし、別に預ける分には問題ないが――しかし、俺だけ財布を預けて他の二人が渋ったら、変な感じになりそうである。


「その辺は、四人集まってからでいいんじゃないか? ついでにだけど、ソフィアが宿をどこにしようか考えておいてくれると助かるってさ」

「うーん、そうですねぇ。正式なパーティーになるなら、そうなりますか……」

「ちなみに、クラウはどこで寝泊まりしてたんだ?」

「私は、大聖堂の空き部屋をこっそり使わせてもらってました。ジャンヌさんとは、同じルーナ神を信仰していたよしみがあるので」


 そういえば、ジャンヌさんもルーナ神に使えているとか言っていた。同時に、現在はクラウはレム神の加護で魔法を使っているとも。その他、アルファルド神とかの名前もあったが、いかんせんレム神以外に馴染みがない。


「なぁ、ちょっと脱線だけど、レム神やルーナ神、というか教会について聞いてもいいか?」


 対面で、同じくサンドにかぶりついたクラウに質問してみる。クラウは嚙みながら頷き、飲み込んで後に話し出す。


「そういえば、アラン君って記憶喪失なんですよね……いいですよ、かるーくお話ししましょうか」

「あぁ、よろしく頼む」

「えーっと、教会の信仰について全部お話しすると長くなるので、大まかな概要と、ルーナ神とレム神についてお話ししますね。まず、教会は主神と、そのしもべである七柱の創造神を信仰しています」

「うん? 主神と創造神は別なのか?」


 地球の宗教でいえば、創造神と主神は同じ者が兼ねていたような気がするが。


「はい、それぞれ別の神です。主神の命に従い、古の悪しき神々を打ち滅ぼし、この惑星レムを作ったのが七柱の創造神、マグニフィセントワンズです。遥か昔、遠い世界で、古の神々の間に激しい戦争があったといいます。

 その際、主神の言いつけを守って戦ったのが七柱の神達です。激しい戦争の末、古の神々が去った後、神々の世界はひどく荒廃してしまいました。そして七柱の神が新しく作った世界がこのレムであり、私たち人類や、動物たちをお創りになられたと。それで、七柱の創造神と呼ばれるわけです」

「ふむ、つまり、ルーナやレムは、その七柱のうちの一柱なんだな?」

「そういうことです。実際、教会の教義的には主神が最上位には置かれているものの、正直あまり人気はありません。その主神の詔は、全て七柱の創造神が受け、それぞれ世界が良くなるよう治められていますので……我々の信仰は、自然と七柱の創造神に集まります。その中で最も人気なのが、月の女神ルーナです」

「へぇ、レムが一番人気じゃないんだな」


 馴染みがあるし、惑星や大陸の名前にもなっているくらいだから、レムが一番人気かと思っていたのだが。

 

「はい。レム神も人気なのですが、厳格な神として知られていますので。慈愛の神であるルーナと比べると、大衆人気は落ちる感じですね」

「マジか」


 つい驚きが口から出てしまった。しかし、手に『バカがみる』とか書く奴が厳格とは、にわかに信じ難い。まぁ、伝承と実態は違うといったところか。クラウもサンドを食べ終わり、腕を組んで頷いている。


「そうですねぇ、実際、ルーナ神の加護が無くなった私に力を貸してくれていますし、レム神はみんなが思っている以上には優しい女神な気がします……まぁ、あの子のことは、やっぱり思い出しますけれど」

「あー……えーと……?」


 確か、アガタ、なんちゃらとか――聞いたのが一度では、いや何回か言ってたのかもしれないが、やはり自分の口で言わないと名前というのは覚えられないものだ。


「アガタ・ペトラルカ、です。まぁいいんです。あの子とレム神は別なんですから……逆に、ルーナ神のことは、少しわからなくなりました。私のことを愛しているから、力を授けてくださっていると思っていました……」


 クラウは俯いて、自分の体をその両手で抱きしめている。まるで、何かに震える子供のように――とはいえ、きっと彼女もソフィアが魔術にささげたのと同じく、その生涯の多くをルーナ神への信仰に充ててきたのだ。自分を見限ったやつのことなんか忘れればいい、なんて言うのは簡単だが、彼女の今の態度を見るに、そう単純なものでもないのだろう。


 しかし、どう慰めたものか――元はと言えば、こっちが神の話を聞き始めたせいで、彼女のスイッチが入ってしまったのだ。落ち度はある意味こちらにあると言えるかもしれない。なんとか元気づけようと頭を巡らせるが、こちらは如何せん、ルーナやアガタとやらについて知らないから、どうもこうも言いようもない。


「……まぁ、俺はクラウのこと、良い奴だと思ってるぞ?」

「……は?」


 クラウは顔を上げて、目をパチクリさせている。


「なんですか、それ、慰めてるつもりです?」

「あーうん、つまり、そういうことになっちゃうかな?」

「やはり所詮アラン君、ですね。慰めるのがへたくそすぎです。むしろ、ごめんなさいね。変な空気にしてしまって」

「お前は普段のほうが空気を変にしている気がするがな?」

「はー、まったくアラン君なんですから」

「おいやめろ、人の名前を罵倒の一種みたくするな!」


 クラウは手をひらひらせて、なんのことやら、という表情でこちらの制止を流してしまった。まぁ、元気になったので良しとしよう。そして、ちょっぴりむしゃくしゃする気持ちをサンドの最後の一切れに込めて飲み込んでいるうちに、クラウが手をぽん、と叩いた。

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