8-82:運命の分かれ道 中
「アランさんはスザクさんに着いて行って、エルさんの眠る機械と一緒にピークォド号に合流して? 私たちは、スザクさんの操作が終わったら、四人で格納庫まで移動するから」
「いや、しかし……」
確かに、エルのことも心配だ。奴らはハインラインの器の回収を目的にしているのは確実なはずだから。同時に、ソフィアのことも気にかかる。先ほどのウリエルたちの不可解な動きを想定すると、実は彼女にも何か不穏なものが近づいていないとも限らない。
そんな自分の思惑を他所に、ソフィアは首を振る――表情こそ笑顔だが、先ほどの自分のように気を抜いている感じではない。むしろ、まだ何かあることを想定したうえで最善手を打とうとしてくれている、という雰囲気だ。
「こっちなら大丈夫だよ! 第五世代型の対処なら、施設内の機械も復活したし、おおよその気配ならナナコも察知できる……むしろ、アランさんの役割も大切だよ。
運搬中に連れ去られてしまう可能性を考慮すれば、エルさんを運ぶ運搬用のエレベーターに護衛は絶対に必要。でも、エレベーターはあと一人しか乗ることが出来ないほど狭い……私やアガタさん、スザクさんは敵が来ても分からないし、ナナコは……」
「……狭い所じゃ、この剣を振り回すのは難しそうですねぇ」
ソフィアの言葉に、ナナコは身の丈に合わない巨大な剣を持ち上げて苦笑いを浮かべている。ソフィアもナナコの仕草を見て小さく苦笑いを浮かべ、またすぐにこちらへ向き直った。
「それに、今のアランさんはもう変身する力を残してないから……でも、消去法ってわけでもないんだよ。アランさんなら第五世代型の気配に素早く気付けるし、敵もエルさんを傷つけないようにするために、そんなに激しい攻撃は出来ないはずだから」
「確かに、それなら変身が出来なくても迎撃できるだろうな」
確かに、逆説的に言えば、エルの護衛が出来るのはこの中で自分しかいないのだ。そうなればソフィアの言うように役割分担をするしかないということになるのだが――安易にそれを実行するのも危険な気がする。少なくとも、先ほど感じた違和感は彼女に伝えておいた方が良いだろう。
「ソフィア、気付いていたか? さっきのウリエルの襲撃時、敵は君を狙っていなかったように見えたんだが……」
「うぅん……それは気付かなかったかな。敵の位置は把握できても、細かい動きまでは見えなかったから。でも、アランさんの言うことが事実だとして、ウリエルたちはどうして私を狙わなかったんだろう?」
「それは俺にも分からん……むしろ、ソフィアの方で何か原因は分からないかなと思ってな」
そこまで伝えた後にスザクに来るように声をかけられ、自分は保存室の方へ向けて踵を返す。
「ともかく、ソフィアの方も警戒を怠らないでくれ……釈迦に説法かもしれないが」
「しゃか……? うん、でも分かった。いつも以上に注意することにするね」
この世界には七柱がいるせいで釈迦が存在しないから、明晰なソフィアにも珍しく言葉が通じなかったが――ともかく、普段から鋭い准将殿が今以上に警戒してくれるというのなら、ひとまずこの場は彼女たちに任せることにしよう。どの道、エルとソフィア双方に護衛が必要なのなら、ソフィアは他の三人のフォローも期待できるし、エルを護れるのは今自分しかいないのだから。
部屋の中へと戻ると、すでにスザクがキーボードを打ち込んで室内の装置を動かしてくれていた。とくにゲンブからの指示も無しで迷いなく動作させているところを見るに、彼女の中のグロリアという人格はプログラムなどの知識を相当に持っているのだろう。
「凄いな、プログラムも出来るのか」
「べスターに教えてもらったのよ……元々、アナタがフロントで私はバックだったからね」
喋りながらもスザクは操作の手を止めず――壁に設置されている昇降機らしきもののシャッターが開き、エルの眠るシリンダーが室内のコンベアに乗せられて移動を始める。
「……皮肉ね。先日殺し合った女を救うことになるなんて」
「やっぱり、納得いってないか?」
「納得はしているけど……感情は別よ。エルとやらに罪が無いのは分かっていても、アナタとテレサが居なかったらこんな風に協力しないわ……ゲンブ、格納庫の様子はどう?」
ガラスシリンダーがエレベーターに載せられると同時に、スザクはモニターに向けて声を掛ける。少し間があり――モニターには何も映し出されないままであったが、スピーカーからはゲンブの声が流れ始めた。
「はい、はい。格納庫の方は問題ありません。アズラエルが侵入する敵を倒しているので、比較的安全でしょう」
「……ですって。後はアナタが乗るだけよ、アラン」
スザクは振り返ってこちらを見て、昇降機の方を指さした。そちらへと移動し改めて昇降機の中を見ると、シリンダーに繋がれている太い配線などの専有面積を見ると確かに人一人乗るくらいが限界のようではあった。
しかも、運搬用で人を載せることを想定していないのか――または、人形の身ではこれで十分な高さであったのか――天井も低く、腰をかがめながらでないと中には乗れなさそうだ。
「ひぃ……こりゃ閉所恐怖症だったら泣くだろうな」
「くだらないことを言ってないで、さっさと乗りなさい」
スザクに施されるままに昇降機に中腰になりながら乗り、そのまま振り返って亜麻色の髪の少女に向かって手を振った。
「スザク、色々とサンキューな……また上で会おう」
「まだ礼を言うには早いわよ……でも、アナタの役に立てたのなら嬉しいわ。それじゃ、閉めるわよ」
キーボードの操作を終えると、スザクも微笑みを浮かべながらこちらに向けて小さく手を振った。シャッターで見えなくなる前に、こちらも手で挨拶を済ませ――そして扉が閉まり切ると、昇降機はゆっくりと動き出したのだった。




