8-80:氷炎の花 下
「ふぅ……何とかなりましたわね」
アガタが大きなため息とともに巨大こん棒を床へと叩きつける。その衝撃のせい、と言うわけでもないのだが、べスターの予告通りに二回の加速により変身の限界が来たようで、自分の硬化した皮膚がボロボロと崩れ落ち始めていた。
「あぁ……俺の方もどうやら限界みたいだ。だが、流石にソフィアのアレをくらっちゃ……!?」
終わりだろう、そう言いかけた瞬間に、塵の奥に一つの気配を感じ取った。それは、随分と弱弱しくなっているが――氷の墓標が一気に吹き飛び、粉塵が一気に晴れ上がると同時に、ボロボロになった盾を携えたウリエルが、膝をつきながらも姿を現したのだった。
『まさか、アレをくらって無事で済んだというのか!?』
『恐らくだが、持ち前のバリアと、倒れていた他の第五世代たちの電力を使ってギリギリ耐えたのだろうが……』
見たところ、相手にもう闘う力も残っていなさそうだが――加速されたら今度こそ少女たちが危ない。変身なしでADAMsを使うのは良いとしても、相手の力次第では押し負けるかもしれない。
そう思いながら奥歯を噛もうとした瞬間、ソフィアの横にスザクが並び立ち、左腕から巨大な炎熱の渦を放射し――その炎が盾をかざすウリエルのシルエットを突き抜けていった。
炎が過ぎ去った後、辺りを一層の静寂が包んだ。見たところウリエルはまだ健在だ。超音速戦闘に耐えられるだけのボディなのだから、かなりの耐熱素材で作られているのは想像に難くないが――。
「……私は、ここまでのようです……アルジャーノン様、後は……」
熾天使はうなだれながらそう呟くと、今度こそ最後を迎えたようだ。その身体は溶けるのではなく一気に破裂し、飛び交う部品から身を護るためにアガタが前に出て結界を貼ってくれ――辺りから第五世代型達の気配が消失した。
「……今度こそ終りね」
スザクは翡翠色の刀を回転させながら鞘へと納め、亜麻色の後ろ髪を涼し気にかき上げた。
「あぁ……しかし、ウリエルはなんで破裂したんだ?」
「熱衝撃よ。極限まで冷やされた物質は、原子の動きをほとんど停滞させる。そこを一気に過熱することで、原子が急激に動き出して物体に歪が生じて破裂してしまうの」
「な、なるほど……いや、知ってたぞ?」
「嘘おっしゃい、知らなかったくせに」
スザクは腕を組みながら呆れたような目でこちらを見て嘆息を吐き――今度は微笑を浮かべて自分の後ろの方を覗き見始めた。自分も振り返ってみると、ソフィアが少し寂しそうに目を伏せている――スザクはこれを見て、少女を宥めるために声を掛けようとしていると推察された。
「お疲れ様、ソフィア。アナタ、凄いのね」
「い、いえ、スザクさんこそ! 私の魔術では、トドメにならなかったわけですし……」
「いいえ、私の方が追撃の手が早かっただけよ。アナタの稲妻の魔術でもトドメを刺すことは可能だったでしょうし……逆に、あの氷の魔術なしにはあの熾天使の装甲を貫けなかったでしょうから」
スザクはそこで言葉を切って、視線をこちらへ戻して「ほら、アランも。ソフィアのことを褒めてあげて?」と続けた。とはいえ、みんな頑張ったことに違いはない。そう言う意味では、三人の少女たち全員を労いたい気持ちが自分の中にはある。
「三人ともお疲れ様。アガタは皆をよく援護してくれたし、スザクは前面に立って敵をさばいてくれたしな……そして、俺がどうしようか困っている時に真っ先に道を指し示してくれたのはソフィアだ。だからソフィア、ありがとう」
「アランさん……うん! アランさんもお疲れ様!」
自分の言葉にソフィアは満面の笑みを浮かべ、大きく頷いてくれた。自分としても今の言葉に偽りはない。現にウリエルの術中にはまって押され気味だったのに対し、ソフィアが方向性を示してくれた瞬間から一気に戦局がこちらへ傾いたのだから。
それに、一緒に戦ったからこそ友情が芽生えたのかもしれない――今、ソフィアとスザクは互いに実力を認め合うように楽し気に話をしていた。自分のセンサーにも敵の反応は無いし、少しくらい穏かな時間があっても良いだろう。そんな風に思っているとアガタが腕を組みつつ、なんだか呆れたような雰囲気で自分の横に立った。
「朴念仁のくせに、ここぞという時に上手いこと言って正解を引き当てるから性質が悪いんでしょうね、アランさんは」
「なんだアガタ、藪から棒に」
「いえ、おかげで皆さん苦労なさるなと、同情の念を禁じ得ないだけですわ」
アガタがそう言いながらため息を吐き――その瞬間、辺りの照明に光が戻り、通路の全体が一気に明るくなった。次いで、先ほどゲンブの声が聞こえてきていたスピーカーから僅かなノイズが聞こえて後、「マイクテスマイクテス」というどこかとぼけた声が聞こえ始めた。
次回投稿は7/25(火)を予定しています!




