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8-66:創造された魂たちの共演 下

「だから私は、肉の器にある者たちの語る物語を研究した。所謂、人の感情というものが理解できれば、貴様らを超えることが出来るのではないかと思ったのだ。とくに、旧世界の物語は豊富にアーカイブがあったからな。

 肉の器にある者達が、物語においては筋道や合理性、矛盾のなさよりも、より劇的で、感情が動かされるモノを好むことは理解していた……だが、それに自身が共感できるかと言えば別だ。

 最初は、かつて数世紀にわたって傑作と呼ばれた物語を読んだとて、かつての人々はここに面白さを感じたのであろうと分析は出来ても、本質的な理解をするには至らなかった。

 要するに、我々はインプットされた良さや正しさは理解できても、人の持つ感情というものを完全に理解できるわけではなかったのだ」

「……ボクは何となくだけど、君の気持は分かるよアズラエル。何て言っても、君は怒ってしまうかもしれないけれど」

「怒る? この私が? まさか、安易な共感やこちらの複雑な知能アルゴリズムを理解した気になっていることに私が憤りを覚えると?」

「ははは、半分は何を言っているか分からないけれど……さすがたくさん物語を読んできただけあって、それらしいことを言うじゃないか」


 ともかく、彼の言い分が分かるというのは本当だ。彼は所謂「良さ」というものを、自分で生み出すことが出来ないのだ。それは、自分も同じ――何者かになろうという意志は、本来の身体の主であるクラウのものであり、ティアという人格は彼女の創り出した虚像に過ぎず、新しい物を想像する力が無いのだから。


 思えば、自分と第五世代型アンドロイドは似ているのかもしれない。ある者が特定の目的をこなすために作られた擬似人格――自分たちはその目的を設定することはなく、ただひたすらに主のための手段となる。


 結局のところ、ゲンブが言っていたように、自分たちは新しいモノを生み出すことが出来ないのだ。世界に意味を生み出すことが出来ない。乱暴な言葉で言えば、目的を達するために練り上げられた道具と言っても差し支えないのかもしれないが――。


「……でも、本当に君は、世界に意味を見いだせなかったのかい?」


 自分がそう言ったのは、悲観的な意味からではない。元々、道具として作られた存在かもしれなくても、我々は道具以上の者になることだって出来るのではないか? 意味を見出すために作られた人間だって、ある意味では高次元存在の道具であり――しかし、人は新たな価値を創造することが出来るのだから。


 そして、アズラエルもきっと近い境地に居るのだろう、彼は僅かにだが微笑んだように見えた。


「あぁ……今はそこまで悲観はしていない。物語で語られる騎士のように、誰かを護ることには意味があるような気がするからな」

「そうかい。君はつまり、物語の登場人物に共感を覚えたということじゃないか……それは、肉の器にある者たちと同じなんじゃないかな?」

「ならば、私はお前たちを超えた存在だな。唯一の欠点を克服したのだから」

「ははは、ジョークまで言えるんだったら、確かに上等だね」

「……ジョーク?」


 人の感情を理解しかけているアズラエルではあるが、残念ながら皮肉までは解してくれなかったらしい。確かに熾天使の存在は凄まじいが、こちらを超えた存在と断言されれば、こちらだって幾分か癪な気持ちにはなる訳で――皮肉の一つでも言いたくなるのは許してほしい所だ。とはいえ、それを解説するのもナンセンスだろう。


 それに、わざわざ解説している余裕もなくなってしまった。先ほどまで格納庫を照らしていた照明が落ちてしまい、再び数体の気配が通路の方から近づいてきたのだ。闇の中で刃が閃き、接近してきた敵を切り落とす気配を感じる。アズラエルが再び交戦に入ったということなのだろう。


「くっ……気配を感じないわけではないけど、こう暗いと流石にしんどいね……」

「視覚に頼っている貴様ではそうだろうな。ここは私一人で十分だ。貴様は船の中へ……停電に関して、レア様に現状を聞いてくれ」


 確かに、ここは彼に任せた方が良いだろうし、状況を早く確認したい。そのため、「ここは任せたよ」とだけ言い残して船の中へ入って、艦首部分を目指すことにする。


 ピークォド号も大きな船だが――空を飛ぶ鉄の塊を船と言うのは自分にとっては違和感があるが――小走りに進めば艦首部分まではすぐについた。ピークォド号は施設とは別の動力で動いているので中は明るいし、扉もいつものように自動で開く。その中では、シモンとレアが艦首の機械に向かって何か高速で指を動かしていた。


「シモンさん、レア様、どうにかなりそうかな?」

「いや……くそっ、基地内のシステムがハッキングされてるんだ!」


 シモンはそう言いながらひじ掛けを拳で叩いた。普段はナイーブな感じの彼だが、機械をいじっている時は――とりわけ上手くいかない時は、なんとなくだが彼の父親に似ているような気がする。


 しかし、シモンが言っていることは理解できない。そう思っていると、アシモフが椅子を回してシモンの方を向き、顎に手を当てながら何か考え込むように口を開く。


「チェンが作ったプロテクトが、そう簡単に突破されるとは考えにくい。これを突破できるレベルのハッキングとなると、ウリエルか……こんな時にフレディがいれば……」


 フレディと言うのは、ダンに宿っているフレデリック・キーツの愛称か。そう言えば、彼との連絡はどうなっていたのだろうか。自分には詳細は伝えられていないが――とはいえ、この場に居ない者を頼ることもできず、同時に自分はハッキングとやらの対処法も分からないため、機材に向かってひたすら手を動かし続けるエルフとドワーフを見守ることしかできなかった。

次回投稿は7/8(土)を予定しています!

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