8-61:眠り姫の防衛線戦 下
「……アランさん!」
氷を打ち出した我らが准将殿の声が曲がり角の奥から聞こえると、すぐに通路の奥から三人の少女たちの姿が現れた。ソフィアの魔術のおかげでここいら一帯の敵はひとまず殲滅できたようだから、少しは気も抜けるだろう。
「ソフィア、スザク、アガタ。大丈夫か?」
「うん! アガタさんが結界で護ってくれたから!」
ソフィアは自分の横に立ち、魔術杖のレバーを引いて通路の方へと振り返った。いつでも敵の迎撃準備はOKということなのだろう。
「アランさんが敵の位置の指示をくれれば、見えなくても魔術で迎撃できるよ!」
「あぁ、心強い」
「えへへ、うん! 任せて!」
ソフィアは一度こちらを向きながら、満面の笑顔を見せてくれる――もしかすると、最近はこういう緊急事態だと常に自分が先行してしまっていたから、頼られること自体が嬉しいのかもしれない。
今にして思えば、ソフィアは出会った時からずっとそうだった。俺のために色々と考えて、常に協力してくれる――そんな彼女の存在がありがたかった。今までは彼女を護るためにと必死になってきたつもりであったが、もはや七柱に精神を操られる心配が無いのなら、もっと彼女を頼ってもいいのかもしれない。
そんなことを思っていると、自分の体を暖かな緑色の光が包み始める――アガタがこちらに補助魔法をかけてくれたようだ。
「アランさん、どこかお怪我はありませんか?」
「いや、皆が来るのが早かったし、なんなら大半はゲンブが施設のトラップで迎撃してくれたからな」
「そうですか……珍しいですね、アランさんが無傷でいるだなんて。まぁ、悪いことでないので良しとしましょうか」
そう言いながら、アガタは巨大な鉄棒の先端を床へと叩きつけ、ソフィアの隣に並んだ。防御力と瞬発力の劣るソフィアの側でアガタが控えてくれるのなら、これもまた心強い。
通路側に、自分を含めて三人も居れば進行を阻止するには何とかなるはずだ。四方八方から来られれば辛いが、一方通行であるこの道上であれば、ソフィアの魔術が猛威を振るうはず――そうなれば、あと一人には予定通りに機材を動かしてもらうのが良いだろう。
「スザク、悪いんだが……部屋の中にあるコンソールを操作して、エルを上へと運んでくれないか?」
「それ、私が使えるもの?」
「ゲンブが……チェンがお前なら使えると言っていたから、恐らく大丈夫だと思う」
「そういうことなら了解よ……うん?」
スザクが扉の前に立った瞬間、基地内に一気に暗闇が落ちてくる――日の光も届かない、密閉された遥か地下のこの場所は、文字通りに一面の闇で一寸先すらも見えなくなってしまう。
少しして予備電力が回ってきたのか、足元の非常灯はすぐに点灯した。とはいえ、この僅かな明かりだけでは、自分はともかく少女たちは戦いにくいだろう。
「アランさん、魔術で灯りを出しても?」
「あぁ、問題ない。どの道、第五世代型はセンサーでこちらの位置を特定してくるはず……暗闇がこちらの有利になることもなければ、灯りが邪魔になることもないはずだ」
ソフィアが頷いてすぐ、彼女の杖の先端から通路を照らす灯りの光が放たれる。
「しかし、こんな時に停電……? 嫌な予感がするけれど……」
振り返ると、開いたままになっている扉の前でスザクがそう呟いた。確かに、これは自然な停電ではなく、恐らく襲撃者によってもたらされたものだろう。
施設内の電源が落ちるなどということ自体、尋常でないことのようにも思う――元々、ここはチェンとT3の二人しかいなかった施設であり、迎撃の大部分は機械によるオートメーションでなければならない。つまり、停電になるような事態は避けなければならないのであって、そこに対するセキュリティはかなり慎重に準備をしているはずではないか。
ふと、エルのことが気にかかる――停電など起こったら、冷凍保存の装置にも問題が出るのではないか。イヤな予感がしてスザクの立つ場所の奥を見ると、どうやらあの装置は別の電源で動いているらしい。エルの眠るシリンダーは青白く光っており、彼女の生命維持装置も問題なく作動しているようだった。
そして、そんな風に安心したのも束の間だった。今度は背後――ソフィアが巨大な氷柱を突き刺した踊り場の天井が大きな音を立てて崩落し始めたのだ。
全身に一気に緊張が戻ってくる。天井を崩して降り立ったソイツは、初めて感じる気配――見た目は人間のようだが、第五世代型、それもアズラエルと同じ――。
「お初にお目にかかる、原初の虎。私はウリエル……熾天使と言えば、アナタにも理解できるだろうか?」
ウリエルと名乗った第五世代型アンドロイドは、紳士然とした調子でこちらへ会釈をしてきたのだった。




