8-58:二人の熾天使、再び 下
「すごいパワー……成程、ナナセ・ユメノを素体として、更に筋力や骨格の増強を施し……それがトリニティバーストにより乗算されている。でも……私の反物質バリアは、七柱の創造神の操る七聖結界以上の耐久力を誇る……!」
彼女がこれから取るであろう所作は想像がつく――以前に見たことがあるからだ。予想の通り、イスラーフィールはその小さな手を一度握って弾くように再び開くと、バリアが弾けて自分の身体も吹き飛ばされてしまう。
ついで、自分が着地する前にビームを纏ったチャクラムがイスラーフィールの両手から二発、こちらへ射出される。恐らく、ファイアブランドの刀身では受けきれない――同時に、空中では身動きが取れない。
そうなれば――!
「……あぁああああ!!」
本能的にだが、上半身を逸らして空中に剣を突き出す。ちょうど躱せた一発目のチャクラムの穴に刀身が入り、それをそのまま空中で横に振るように一回転させ、二発目の軌道に向けてチャクラムをお返しした。二つの円月輪は互いにぶつかり、ビーム同士がぶつかる鈍い音を立てた直後に地面へと落ち――ちょうど自分も雪の上に着地することが出来た。
そしてすぐに体制を立て直し、剣を構え直す。対するイスラーフィールは目を見開いており――珍しく、同時に僅かだが表情は動いている。アレは驚き半分、呆れ半分といった感じの表情だ。
「滅茶苦茶な戦い方。データベースによれば、ユメノ・ナナセは非合理的な戦い方をしていたという情報はあるけど……アナタにはそれが受け継がれているということですか」
ジブリールはそれだけ言って、白いローブの袖から次のチャクラムを出し、再び指先でクルクルと回しだす――とはいえ、向こうから攻撃してくる気配はない。ただただ隙を見せず、じっとこちらを見つめてくるだけだ。
「……そちらから仕掛けてこないんですか?」
「私の目的は、アナタを倒すことではありませんから……そろそろ、頃合いですね」
イスラーフィールが一瞬だけ自分から視線を外すと、たまたま近くを浮遊していたゲンブの方から「基地内の電力供給が断たれた!?」と驚愕の声があがった。彼があんなに驚いているのは初めて聞いたかもしれない――しかし、あの複雑な基地の電力供給が断たれたとなれば一大事なことは間違いなさそうだ。
「ゲンブさん、大丈夫なんですか!?」
「非常用電力に切り替わってはいますが、基地内に仕掛けられているトラップの起動や……何より、今のままでは格納庫の開閉が出来ません」
「それじゃあ、ピークォド号が飛び立てない……!?」
「えぇ……本来ならすぐに復旧作業に移りたいのですが、そうなるとトリニティバーストを維持できない……!」
トリニティバーストが欠けてしまえば、こちらの戦列は一挙に瓦解するだろう。今はこの光の加護で何とか五分で――いや、実際は押され気味なのだが――もっているのだから、それが欠けた瞬間にジブリールとイスラーフィール、並びにまだ数多く残る天使に一気に押されてしまうはずだ。
「そうなったら……せめて!」
この消極的な均衡を破る必要がある。イスラーフィールが強力な相手と言うのは分かっていても、現在自分がもっとも動けておらず、現状を打破するには何とかこの少女を突破するしかない。
自分の踏み込みに対して、イスラーフィールは再びチャクラムを射出してくる。何度か見た技であれば、相手の癖を読むことも可能だ。円月輪を避け、一気に接近する――しかし、このまま切りかかっては、戻ってくるチャクラムに背後から身体を断たれてしまうのだが――。
「……アル!!」
気が付いたら呼んでいた口から出ていた言葉が雪原に響き渡る。直後、背後で波動砲が駆け抜けていく気配を感じ――自分はそのまま、また少々驚きに目を見開いている水色の髪の少女に切りかかった。
展開されたバリアに対し、今度は負けじと獄炎を上げる刀身を押し込もうとする。先ほどと違って、今度は地に足が着いている――踏ん張ることだって可能だ。
「頑張って……ファイアブランド!!」
自分の声に呼応するように、赤い刀身はまた一層に炎を巻き上げた。しかし、どれだけ踏ん張っても――ファイアブランドも頑張ってくれてるのに――その刀身を壁の向こうへ届かせることが出来ない。
少しでも身体に力を込めるため、気合を込めて声を上げるが、目の前のバリアと剣戟が奏でる音が大きく、自分の声も聞こえない。だが、ぴしり、と乾いた音だけは妙に大きく耳に届く。それは、結界が割れた音ではなく――。
「……素晴らしい力。それでも……アナタの技量に、武器が着いて行っていませんね」
イスラーフィールの言葉の意味、それは自分の握る剣の限界を意味していた。刀身にヒビが入り――すぐさま踏み込んでいた脚をさばいて後方へと飛ぶ。こちらの着地と同時に再びチャクラムが放たれ、それをいなすために反射的に刀身を突き出すと、円月輪を落とすのを最後に魔剣の刀身が欠けてしまったのだった。
次回投稿は6/27(火)を予定しています!




