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8-53:雪上の激突 上

 基地の外へ出てみると、ホークウィンドがコンテナの上で腕を組みながら遠くを見つめていた。忍の見つめる先には、青と白の稜線があり――高緯度であるためか太陽の位置が低く、建物の影が異様な長さで伸びている。


 惑星レムの極地にあたるこの場所は当然のことながら寒冷地であり、時によっては猛吹雪に見舞われる。そのため、暦の上では春であっても陸地は見えず、今も大地は雪に覆われている。


 しかし、今日の天気は一点の曇りもないほど晴れ渡っていた。猛吹雪の中だと完全迷彩が機能しきらず、こちらの視認性が上がるため、晴天を見計らっての襲撃かもしれないが――第五世代型の気配を察知できる自分としては、むしろ身動きを奪うダイアモンドダストの方が厄介であり、また極地点よりやや離れたこの場所は極寒と言うほどでもないので、第五世代型アンドロイドを迎撃するにはそこまで悪条件と言うわけではなかった。


 もちろん、襲撃などされないのが一番ではあったが、そんなことをごちても仕方ない。とくに寡黙な忍は忠実にすべきことを成すだけと言わんばかり佇んでおり、彼に愚痴を言うのも違うだろうと思わされる。


 しばし無言のまま、二人で辺りを警戒しているものの、まだ感じ取れる範囲には天使どもは到着していない。しかし、この厳かな白銀の大地に、確かな緊張感が走っている――それは確かなことだった。


 ふと、雪に一筋の線が走り、それを起点に大地が避け始めた。格納庫への扉が開かれ、雪の中心にぽっかり空いた穴から人型サイズのものが十体、アンティークドールが一体現れ、すぐに再びドッグへの穴が閉じられた。都合、入口を覆っていた雪が下へと落ち、格納庫の場所が浮き彫りになってしまう。


「ドッグを開いてしまったら、敵に場所もバレると思うがな」

「なぁに、どうせ場所は割れているのです……それなら、上に乗っかっている雪も払っておいた方が、すぐにピークォド号も発進できるというものですよ」


 実際の所、ピークォド号の規模と推進力があれば、入口を覆っていた雪も――もちろん、巨大な入口にメートル単位で雪が積もっているのだから、何トンもの重さがあるのは間違いないが――障害にはならないはずだ。


 しかし、どうせ場所が割れているというのは事実であり、こちらとしてもゲンブの行動に文句がある訳ではない。単純に、コイツを見ると皮肉の一つを言いたくなるだけである。


 そして、ゲンブが機械布袋戯を配置につけたのと同時に、ホークウィンドが立っているコンテナのドアがあけ放たれた。


「……すいません、遅くなりました!」


 ここまで走ってきたのだろう、セブンスが息を荒げながら雪に足跡を付けながらこちらへと向かってくる。ホークウィンドは地平線から視線を外し、目下を歩く少女の方へと向き直った。


「セブンス……いや、今はナナコであったな。その恰好では寒くないか?」

「えへへ、いえ、ちょうど走って体もあったまってきましたし。それに……」


 セブンスは腰のベルトに下げている柄に手を付け、鞘から一気に刀身を抜き出した。剣は持ち主に応えるように激しく燃え上がり――彼女の周囲に積もる雪を一気に蒸発させた。


「私には、ファイアブランドがついてますから!」

「うむ。期待しているぞ、ナナコ」

「はい、頑張ります!」


 セブンスは一度剣を鞘に戻し、コンテナの上部へ向かって敬礼をした。その後、ゲンブもホークウィンドと同じ高さまで宙を昇っていき、小さな顔の先にディスプレイを映し出しながら口を動かし始めた。


「さて、基地の内部にいる皆さん、聞こえてきますでしょうか? 作戦を繰り返します……まず、外の迎撃部隊である我々がピークォド号が安全に発進できるまで敵を殲滅する必要があります。その都合上、地上側から基地へ侵入する敵の数も減らせるとは思いますが……全ての殲滅は不可能です。

 敵の狙いは恐らく二点、ピークォド号に搭載されている母なる大地のモノリスとハインラインの器、並びに二対の神剣の確保にあると思われます。そのため、基地内の部隊はそれぞれ侵入してしまった敵の各個撃破、並びに目的物の防衛に専念してください」

「……ゲンブ」


 ホークウィンドが人形に声を掛けるのと、雪原を覆う緊張感が一気に高まったのは同時だった。人形が「それでは皆さん、御武運を」と言って指を払うと、周辺に現れていた空中スクリーンが一気に消え――ゲンブはセブンスの方へと向き直った。

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