8-51:迎撃のための作戦会議 中
「さて、可能な限り多くの人員が基地を無事に抜け出すには、部隊を三つに分けます。一つはピークォド号の発進の準備と、モノリスを護る部隊……ここにはアシモフとシモン、護衛のためにアズラエルとソフィア・オーウェル、アガタ・ペトラルカ、それにクラウディア・アリギエーリを配置します。
アズラエル以外は第五世代型アンドロイドの識別は不可能ですが、格納庫なら天井から水を放出すれば完全迷彩を目視できるはずですから、それで敵を撃破してください」
画面の向こうでアズラエルが頷き、次いで小さく映っているアガタとティアも頷き返していた。ソフィアは口元に手を当てて何かを考え込んでいるようだが――ゲンブはそれを見ているのか無視しているのか、ひとまず准将殿の了承なしに話を続ける。
「次点に、最も熾烈な戦いが予想されますが……基地の外で待ち構えているであろう第五世代達を殲滅する部隊。
この部隊の目的は、ピークォド号が飛び立てるだけの安全を確保すること……要するに、増援を除いたほぼすべての敵を殲滅する必要があります。これを実行するには、第五世代型アンドロイドを見破る力が必須になりますから、ホークウィンドにT3、セブンス……更に殲滅力のあるスザクと、援護のために私が出ることにします」
「……私とは馴染みのあるメンバーだ。よろしく頼む」
ホークウィンドの言葉に、「了解です!」というナナコの元気が返ってくる。さて、名前を呼ばれたスザクだが、彼女もソフィアと同様で、何か考え込むように押し黙っていた。
さて、呼ばれていないのはあと一人だ――モニター越しではあるものの、ゲンブの視線が気持ち自分の方へと向いているように見える。
「最後は一人部隊です、アラン・スミス。アナタの目的は、基地内に侵入した敵の遊撃……並びに、可能ならハインラインの器を回収することです」
「可能なら、って言葉が引っかかるが……」
「お察しの通り、回収が難しいと判断された場合は早急に器の破棄を行います。幸か不幸か、冷凍保存装置に入っている今であれば、機材ごと器を木っ端みじんにできますから」
「万が一も起こさせねぇよ」
自分はそう言いながら右の拳を左の掌に打ち付けて見せた。実際の所は絶対にその選択肢を取るな、と言ってやりたいところだが、ゲンブとしても大分譲歩した形だろう。今回の、また続く戦いにおいて、エルは戦力として換算されていない――ともなれば、ゲンブから見れば爆破してしまうのが最善の処置になるはずなのだ。
そんな状況でもエルを救出する可能性を提示してくれたのは、ゲンブなりの譲歩に違いなかった。それならば、後は自分が最速で駆けていくだけだ。覚悟を決めて立ち上がろうとした瞬間、自分よりも先に隣にいるソフィアがモニターカメラの方へと身を乗り出した。
「それなら、私はアランさんと一緒に行きます。アランさんは対人戦闘において抜きんでていますが、戦闘の継続可能時間に問題がある……それなら、一人で行動させてしまうのは危険ですから」
「私も……というか、今一緒にいるのだから、その方が合理的よね」
スザクも足を組みながらソフィアに続く。二人の協力してくれるという気持ちはありがたいのだが、何個か課題はある――そう思っていると、モニターの向こうでゲンブが首を振った。
「しかし、アナタ方は第五世代型アンドロイドを見破ることが出来ないでしょう? それだけではありません。アラン・スミス一人の方が早く器の回収へ行けますから、返って足手まといになるのではないでしょうか」
足手まといは言い過ぎにしても、自分が考えていた課題を丸々と人形が代弁してくれた。もちろん、ソフィアの言う事も一理ある。ADAMsを使わないで何十体もの第五世代型と戦うのも厳しいだろうし、そうなれば変身は必須になる。そして変身するとなれば、自分の続戦能力は十分間となり――普通の戦闘なら充分な時間だが、何十体も相手にするような波状攻撃を仕掛けられることを想定すれば、十分という時間は心もとない。
そうなった時に、殲滅力の高いソフィアやスザクが居てくれるのは確かに心強い。とはいえ、ゲンブが言った課題の方が大きいように思う――ともかく、今はエルの身柄の安全確保を最優先したいとなれば、自分一人で移動したほうが目的を早く達成できる。
こうなれば、自分の方からも言って単独行動を申し出ようか。ピークォド号の護衛や外の敵戦力殲滅だって簡単な仕事ではないのだから、欠員が出るのはマズそうだ――しかしまた自分よりも早くソフィアと、今度はスザクも参加してモニターに近づいた。
「それでしたら、エルさんの安全確保にはアランさんを先行させてください。私とスザクさんは、後から追いつきますから」
「敵の識別のことに関しては……先日、ソフィアさんが吹雪を出すことで機影を見切ることが出来た……それに、神剣アウローラがあればソフィアさんを護りながら進めると思いますし、何より私もお義姉さまを助け出したいです」
スザクはモニターから離れ、両手を胸において目を瞑る――その声には嘘偽りない。彼女の中のテレサの義姉を救いたいという気持ちは本物なのだろう。だが、精神の支配者はどうだろうか――そう思ったのは自分だけでなかったのか、ゲンブが「アナタの中のグロリアも、それに同意しているのですか?」と質問を返した。
実際、先日グロリアの人格は、エルに明確な殺意を向けていた。テレサとグロリアとの間に矛盾があると、精神が途端に安定しなくなる――そうなると、この作戦行動に彼女が加担するには、グロリアもエルの救出に賛成か、最低でも反対でない状態が必要になるだろう。
そんな風に思っていると、スザクは一度目を閉じ――再び瞼を開いた時には、どうやらグロリアの人格が前に出てきているようだった。
「……考えてみれば、あのエルと言う女も、この世界の歪みの犠牲者……ハインラインは許せなくても、あの女だけなら許すことは出来る。それになにより、もうアランを一人にさせたくないの。目を離すとどこかに行ってしまうんだから」
「ふぅ……私はむしろ、アナタに反対してほしくて意見を聞いたのですが、逆効果だったようですね」
「おあいにく様。私はアナタの言うことを聞くのは嫌いなのよ、チェン」
「確かに、アナタはそう言う方でした」
スザクは皮肉気に口元を釣り上げ、可愛らしい人形は仰々しく肩をすくめた。今まで二人の関係性はあまり見えなかったが、今の一件で少しだけ見えたようにも思う――恐らく互いに性格は合わないが、実力は信用していると、こんな感じだろう。




