8-49:旧世界におけるアラン・スミスについて 下
「……ごめんなさい、私が言いすぎました」
「ふぅ……いいえ、アナタの推測通り、自分の都合のいいように伝えていたのは確かよ。だから気にしないで。それに、アナタが言ったことは、そのままアナタにも跳ね返るでしょう?」
「そうですね……えぇ、その通りです」
ソフィアがぽつりと返した言葉を最後に、室内は静まり返ってしまう。二人とも俯いてしまい、なんとも重苦しい空気が流れ――ソフィアの真意までは分からないが、ひとまず自分もスザクを疑ってしまった罪状はある。ここは沈黙を破るため、自分からアクションを起こしたほうが良いだろう。
「俺からも……すまなかったな」
「……それなら、今度こそは約束を守ってくれる?」
重苦しい空気が一変し、なんだか悪戯っぽい声がスザクの方から漏れる――上がった顔には微笑みが浮かんでおり、ひとまずスザクの方の機嫌は自分が謝罪したおかげで回復してくれたようだ。
ソフィアの方も顔を上げ、こちらはまだどこか不機嫌そうに横を向きながら口を開いた。
「むぅ……! それより、今度こそきちんと教えてください! アランさんとグロリアさんは、どういった関係だったんですか?」
「そうね……きっと第三者の意見が適切でしょうね。べスター曰く、年の離れた兄妹みたいだって言っていたわ。私から言えば、アランが私を妹扱いしていた、が正解なのだけれど」
「なるほど……アランさんはどこへ行ってもアランさんですね……」
「……でも、そうなる理由も分かるわ。アランには実際に妹が居たの。年下の女性の接し方は、そこから来てるんだろうって……」
先日、ナナコに妹がいたのではないかと推論をぶつけられていたが、まさか本当に妹がいたとは。確か、べスターから以前に聞いた話では、自分は天外孤独だったと言っていたような気もするのだが――正確な所はどうだったであろうか。
「なぁ、スザクは俺の妹については詳しく知っているのか?」
「アナタの言う詳しさの粒度にもよるけれど、伝聞の中だけの人物ではない……実際に会ったことあるもの」
「マジか」
会ったことがあるのなら、妹がいたというのは間違いない事実なのだろう。こちらの言葉に対し、スザクはまた悪戯っぽく笑って「マジよ」と返してきた。
「アナタは表向きには死んだことになっていたから、私とべスターが代わりにお見舞いに行っていたの」
「お見舞いって……俺の妹は何か病気にでもあっていたのか? もしくは、俺と同じ事故に巻き込まれて……」
「いいえ、アナタが重傷を負った事故と、妹さんの事故は別物……アナタが事故を起こす前、旅行中だったアナタの家族が事故を起こしてしまったの。アナタは大学の受験を控えていたから、事故に遭遇するのは免れた。
しかし、両親は亡くなってしまって、妹さんは一命を取り留めたけれど、事故の後遺症で半身不随になってしまったのよ。
両親の死亡保険は降りたけれど、アナタは妹さんの治療費のために少しでも節約しようと進学を諦めて……高校を卒業して、すぐに働きに出たわ。そして、一年もしないうちに一人の少女を救うために代わりにトラックに跳ねられてしまった……アナタが暗殺者になれと言う要求をのんだのも、妹さんの医療費を稼ぐためだったのよ」
なるほど、これで合点がいった。いや、素直に受け入れて良い物でもないが、一つ筋が立った。サイボーグに改造されて暗殺者をやれと言われて呑んだのにもそういった事情があったのか。
同時に、なんとなしにだが――王都で学院を訪れた時のことが脳裏に蘇った。あの時、自分はキャンパスを見て、何か羨望のような気持ちを抱いていた。それは、諦めてしまった何かの羨望が――大学で何かを追求したいというオリジナルの夢の残滓が、遺伝子の中に残っていた結果かもしれない。
しかし、自分の妹は手術を受けなかったのか。記憶にある範囲でも、本人のDNAから培養した身体組織の移植は十分に実現可能――高額ではあったが――だったし、そうでなくても比較的安全な義体の技術もあったはずだが。
「……何度か実際に会ったけれど、彼女は生きる希望を無くしていたわ。それもそうよね。一年の内に、家族を……大切な兄すら失ってしまったと思い込んでいたのだから。それで、彼女は移植や義体の手術を拒み続けていた。自分だけ助かっても、申し訳ないだけだって」
そこまで、スザクは記憶を手繰るように俯いていたが、ふと顔を上げて哀し気な笑顔をこちらへ向けてくる。
「彼女、アナタのことを凄く信頼していたわ。ちょっと抜けてて頼りない所もあるけれど、困った時にはいつでも助けてくれる、自慢の兄だったって……アナタの話をする時だけは、少し元気を取り戻していた」
「それで……俺の妹は、どうなったんだ?」
「……あまり気乗りのしない話になるわ。だって、アナタの妹さんは……」
スザクは一度そこで言葉を切り――どう言葉にしたものかと悩んでいるようだった。そんな時、急に室内のモニターに電流が通り――天上のスピーカーから大きな電子音が流れ始めると同時に、人形の顔がディスプレイ一杯に映った。
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