8-48:旧世界におけるアラン・スミスについて 中
「……仮面の下はそんな顔をしていたのね」
「惚れたか?」
「仮面の方が幾分か男前だった気がするわ」
「おい」
「ふふ、冗談よ」
スザクがなんだか艶っぽく笑うと、反比例するように隣の准将殿がなんだかむっとしているようだった。
「……ちょっと脱線ですけど、グロリアさんはアランさんと会った時には何歳くらいだったんですか?」
「どうしてそんなことが気になるのかしら?」
「いえ、その……何となく、です」
「まぁ、いいわ……そうね、十三歳の時だったかしら」
「それで、どれくらいアランさんと一緒に居たんです?」
「ちょうど一年くらいよ」
「なるほど……ほっ……」
ソフィアは何故だかほっとため息をつき、胸を撫でおろしているようだった。しかし、自分としては結構驚きな事実が発覚した。つまり、自分がグロリアを連れ去った時にはまだまだ彼女は幼かったのであり――同時にグロリアは齢十四、五でDAPAとの戦いに身を投じていたことになる。
もちろん、こちらの世界では十三歳の少女が准将で、かつ最前線の指揮官をやっているのだから、歳など大した問題ではないのか知れないが――旧世界の倫理観で言えば、そんな若い身空で戦いに身を投じていたという事実は心の痛む話だ。
更に言えば、グロリア・アシモフが戦いを決意したのは、自分のオリジナルの死が契機だろうから――オリジナルだって好きでその命を落としたわけではないとは言っても、やはり自分のせいで少女に過酷な運命を背負わせてしまったのだと思うと、なおのことやるせないものがある。
「……その歳だったら、アランさんと将来を誓いあったは無理があるんじゃないですか?」
「……うん? うぇぇえええ!?」
自分が感傷に浸っていると、我らが准将殿からとんでもない言葉が飛び出してきた。最初は素っ頓狂な返事を返してしまったが、意味を理解してからはビックリしてしまい、思わず口から変な声が漏れてしまった。
「ソフィア? どういうことだ?」
「アランさんが眠っている時に、スザクさんが言ってたんだよ! アランさんと自分は、将来を誓いあった仲だって!」
「えぇ!? いや、本当か!?」
以前、T3のことを心の中で揶揄していたが、まさか自分も同類だった可能性があるのか。なんだ将来を誓った仲って、それは大分前世的な倫理観で言うとマズいんじゃないのか。
ともかく、事実を確認しなければならない――自然と自分とソフィアの視線がスザクに集まる。すると、スザクはなんだか居心地悪そうに、視線をきょろきょろと動かしながら口を開いた。
「そ、そうよ・・…戦いが終わったら、一緒に暮らそうって約束したの……アランがそう言ったのよ?」
「なっ……なんだと……!?」
自分からそう言った、となればもはや退路は無い気がする。先日、ナナコに自分とT3は似た者同士と言われたが、本当にその通りなのかも――などと思っていると、ソフィアがなんだか不敵な笑みを浮かべてこちらを見ているのに気づいた。
「アランさん、きっとスザクさんは拡大解釈を……うぅん、アランさんの記憶が無いのを良いことに、都合のいいことを吹聴しようとしているだけだよ。
私は旧世界の慣習や法律については分からないけれど、アランさんの前世が二十歳を超えていたなら、流石に歳が離れすぎじゃないかな? それこそ、政略結婚とかなら話は別だけれど……」
「うぅん、まぁ誘拐犯と人質みたいな関係だし、政略結婚とは縁遠いよな……」
ソフィアの言う通り、幼い少女と将来を誓ったというのは少々飛躍的な気もする。もちろん、オリジナルのことは分からないし、もしかしたら本気でグロリアに惚れこんでいた可能性も無くはないかもしれないが、そうであるならばキチンと時が経つのを待つ気概くらいはオリジナルだって見せたに違いない――そうだと思いたい。
とはいえ、何なら一緒に暮らすくらいは言ったのは間違いないかもしれない。グロリアに行く場所は無かったはずだから。ファラ・アシモフとの折り合いが悪かったのもあるだろうし――いや、しかし自分は恐らく彼女の父を殺している。それでもグロリアは自分と一緒に暮らすことを承諾したのであろうか?
可能性としては、彼女は自分が父を暗殺したことを知らなかったのか。もしくは、事実を知っていても、彼女は自分を慕ってくれていたのか。
どちらにしても、もう少し話を聞いてみるべきか――とはいえ、父殺しをしていることをソフィアがいるのに聞くのも少々憚られる。どう聞こうかと悩みつつスザクの方を見ると、長い髪を垂らして俯いていた。
「……嘘じゃないわよ! 一緒に暮らすって約束したのは本当……戦いが終わったら一緒に暮らして、私のことを描いてくれるって約束したんだから!」
顔が見えなかったので、唐突に発せられた大きな声に驚きつつ――恐らく、自分の予想は当たっていたということなのだろう。
スザクが誤解を招くような表現をしたのも良くはなかったかもしれないが、自分も彼女の言い分をネガティブな面からとらえてしまっていたのも事実――彼女の今の哀し気な怒声から察するに、きっと彼女は自分との約束を大切に想っていてくれたのだろうから。
見れば、ソフィアも膝の上で拳を固めて申し訳なさそうに俯いていた。




