8-45:白昼夢に関する考察 中
「さて、何から話そうかしら?」
ベッドの上で長い手足を組み、スザクがこちらを見ながら質問してくる。普段は甲冑姿の彼女だが、今は部屋着と言うか、素足の見えるパンツルックであり、元々豊満な部分の下で腕が組まれているせいで、彼女のスタイルの良さがより強調される形になる。
「……アナタ、こういうのが好きなの?」
ついつい見入ってしまっていたせいか、スザクはあきれ顔でこちらを見てくる――普段ならなんとか適当言ってごまかすところなのだが、先ほど話題逸らしにうんぬんと突っ込まれてしまった手前、なんとなくだが軽口を叩けなくなってしまう。
「そうなんです、アランさんは大きいお胸が好きなんです」
「ふぅん……それは知らなかったわ。まぁ、今の私はこれなわけだし、互いにまだ知れることがあるのは良いことよね?」
唇を尖らせるソフィアに対し、スザクは微笑みながら組んだ腕を少し上にあげる――すると双子の丘が柔らかそうに揺れ、こちらとしてもそこをまじまじと注目してしまった。
「それで? 何を話す? 私としては、アランの間抜けな顔を観察して遊んでいるのも良いけれど」
「だ、ダメです! きちんとお話ししましょう!」
ソフィアは立ち上がり、自分とスザクの間に立った。すると豊かな丘は少女のシルエットの後ろに隠れてしまう。ソフィアは不機嫌そうに頬を膨らませてこちらを見た後、振り返って腰かけるスザクの方を見た。
「それで、一点……今更ではあるんですが、私はスザクさんに確認したいことがあるのです」
「何かしら?」
「アナタが私と初めて出会ったのはいつですか?」
「それは、私と……テレジア・エンデ・レムリアと会った時ではなく……」
「はい。グロリア・アシモフ……アナタが私を認識したのが何時なのか、私はそれを確認したいのです」
「いつも何も、例の岩場で第五世代型に囲まれている時に初めて見たわ」
「そう、ですよね……」
ソフィアはそう呟いて、背中を丸めて何か考え始めてしまった。そもそも、なんだか不思議な質問だった――スザクの言う通り、グロリア・アシモフがソフィア・オーウェルを認識したのは先日の岩場で間違いないはずだ。
とはいえ、賢いソフィアが質問するということは、何か深い意味があるような気がする。それを察したのか、スザクの方も茶化す様な雰囲気は鳴りを潜め、真剣な様子で俯くソフィアの方を見つめた。
「なんでそんな質問をしたの?」
「それは……私、アナタが私を認識するより先に、一度アナタに会っているような気がしたからです。
アナタと出会う以前にガングヘイムで、魔剣ミストルテインの一撃と撃ちあった時……私は力の奔流の中で、炎の片翼を眩い光の中に見ました。声も姿も違いますが……でも、アレはアナタだったように思うんです」
「……テレサはガングヘイムに行ったことがあるけれど、グロリアは無い。もちろん、テレサとアナタがガングヘイムへ行っていた時期は異なるし……そうなれば、幻覚でも見たんじゃないのかしら、と言うのが筋なような気がするけれど……」
そこまで言って、スザクはソフィアの言う事に関して思い出そうとしてくれているのだろう、口元に手を当てながら無言になる。
スザクの言う通り、ソフィアが見たのは幻覚か何かだった、という方がしっくりはくる話だ。自分もソフィアとナナコの打ち合いは遠目には見ていたが、恐ろしいエネルギーがぶつかり合っており、音も光も激しい中で、何某かの白昼夢のようなものを見た――原理的には不明だが、それはそれで可能性としては無くはなさそうとも言える。
しかし、それにしてもソフィアの形容は――炎の翼だけならまだしも、片翼と言うのは――確かにスザクのことを指し示しているようにも思う。姿形は違ったと言っても、きっと今のスザクと、正確にはグロリア・アシモフと何か共通する物を感じたからこそ、ソフィアは彼女と会ったことがあるように思ったのだろう。
自分としても、今の話は初めて聞いたものだった。恐らくソフィア自身、つい先日までは幻覚か何かだと思っていたのだろう。そして、実際に炎の魔人と出会ったことで、幻の中に見た女性とグロリアとの奇妙な一致に気付いた――こんなところか。
スザクが思い出そうとしている傍ら、ソフィアはベッドの端に戻って、じっと亜麻色の髪の乙女を見つめる――だが、最終的にスザクは首を横に振り、ソフィアの方へと向き直った。
「ごめんなさい。やっぱり記憶に符合するモノは無いわ」
「そうですか……いえ、あの時は私も不思議なトランス状態にありましたし、その少し前にフェニックスとの戦闘もありましたから。その辺りが混同していただけかもしれません」
「そう……でも、何か思い出したらキチンと話すわ。何か、妙な感じはするし……」
ソフィアを見つめるスザクの瞳は真剣なものだった。正直に言えば、少々意外だった。二人は折り合いが悪いようなので、スザクがソフィアに対してここまで親身になってくれるとは思わなかったのだ。
もちろん、彼女の内にあるテレサの人格が善良そのものであることが影響しているのかもしれないが、それも違う気がする――こう評価するのは失礼なことと承知だが、グロリア・アシモフ本人も根の部分に優しさを持っている、というのが正しいように感じる。
さて、スザク本人に記憶が無いとするなれば、自分が口を差し挟むことも無いのだろうが――ひとつだけ、突飛な可能性としてはあり得るということを思いつく。惑星レムを取り巻く超科学に魔術、高次元存在などが実在するのなら、こんな可能性だってありうるんじゃないか――その確認を取ってみることにする。




