1-37:運命の少女たち 下
ソフィアの提案は、二人とも予想外のモノだったのだろう、エルは驚いて目を見開かせ、クラウは瞼をぱちぱちさせている。
「理由をお話しします。先ほどの龍の襲撃ですが……人間と魔族、双方を襲う何者かが手を加えた魔獣が居るとすれば……私は、第三勢力の存在があるのではないか、と考えています」
確かに、魔術を知らない魔獣が、魔術の対抗策を持っているとは考えにくい。アレが人為的に作られたとするなら、本来は魔族か人間か、どちらかだけを襲うのが正道な気がする。しかし、アレは両方を襲って見せたのだから、ソフィアの考察も納得がいく部分はある。
「また、至る場所の結界が弱まっていたのも、第三勢力の仕業と考えます」
「……それは、飛躍しすぎじゃないか?」
「そうですね、根拠はありません。しかし、これは勘でしかありませんが……タイミングが良すぎる印象です。それに、エルさんのお話を聞いて、よりこの疑惑が強まりました。
第三勢力は、人類と魔族、その勝敗の関係ないところで暗躍しているのではないかと。もしかすると、テオドール様を襲ったのも、この第三勢力かもしれません」
「……目的は?」
この質問をしたのはエルだ。自分の養父が殺されたのだ、どんな理由があっても許せぬとも、何故襲撃してきたのか訳は知りたいだろう。しかし、ソフィアは頭を振るだけだった。
「それは正直、一切わかりません。ですが少なくとも、不自然に結界が弱まっていたことと、何者かの手が加わった魔獣が暴れていたのは確かです。とくに結界の件に関しては、早急に調査をする必要があると思っています。それで、ご助力願いたいなと。
もしかすると、かなり危険な調査になると思います……ですが、剣聖テオドールの愛弟子のエルさん、アガタさんとその座を争うだけの実力のあるクラウさんとティアさん、それに一応私も……本来なら魔王征伐に着いて行っておかしくないメンバーが、ここに揃っています」
レムが言っていたことを思い出す。『よりにもよって、凄い子たちを集めましたね』とはこういうことか。本来ならこの世界の主役となるはずだった、運命の少女たち――それが自分の目の前に集まっているのだ。それが何かの間違いで、勇者とともにいないだけ、それが偶然、自分の前にいる。
そう思えば、なんだか自分だけが蚊帳の外にいる気がする。転生者とかいう抜群に特別な肩書があるはずなのだが、自分はあくまでも観察者であって、特別な力はない――そういえば、索敵だとか投擲だとか、なんで出来るのかレムに確認できずだった、その辺りは確認せねば。
ともかく、彼女たちの横に並ぶには、自分では役不足か――そう思っているうちに、ソフィアがエルの方へと向き直る。
「エルさん、先ほどの事実を報告するか、という件ですが、調査にご協力いただけるなら保留にします。宝剣ヘカトグラムは、本来なら対の神剣アウローラと力を併せてその真価を発揮する……魔王とシンイチさんが対峙するときには、テレサ様が持つべきです。
エルさんの心情は汲みたい所ですが、私情と人類の命運を天秤に掛けた時に、流石にそこまでは看過できません」
「まぁ……そうよね」
「ですが、色々と融通は利かせられるよう計らいます。魔王征伐の暁には、エルさんに再び宝剣をお渡しできること、あとはその銀髪のエルフについて、軍や学院の資料を使えるように掛け合いますので」
もちろん、絶対のお約束は出来ないのですが――そう続いた。エルはしばらく腕を組んだまま目を瞑っている。恐らく、どう答えるべきか考えているのだろう。貴族であった身分を捨て、勇者の供になる栄誉でもなく、ただ復讐を選んだ彼女にとって、ソフィアと行動を共にするのは宮仕えをするようなものであり、目的とズレることになる。
とはいえ、宝剣をソフィアの前で抜いた時、取り上げられる覚悟はしていたはずだ。それでも抜いたのは、きっと――罪のない人々が、やはり危険にさらされる可能性に対し、出来ることを選んだ。つまり、彼女の根はお人よしなのだ。
エルは諦めたように首を振り、しかし表情はそう険しいものでなく、むしろ観念した、というような雰囲気だった。
「成程、魅力的な提案ね……でも、断る、って言ったら?」
「だから、私は軍の方々が私たちの救助に来る前にお話ししたんです。エルさんの正体を知る者は、まだ三人だけです」
「……これ以上広められたくなければ、要件を呑めと。正直幼いからと侮っていたけど、中々食わせ物ね、ソフィア」
エルの皮肉に対して、ソフィアは慌てたように手を振った。
「す、すいません生意気言って……! ですが断られたら、エリザベート・フォン・ハインラインの真実として、先ほど聞いた話を公表し、宝剣は回収させていただきます」
「はぁ……まぁ、一人で仇を探すにも限界もあったし。軍や学院の資料が使えるなら、確かに見つかるかもしれないしね……いいわ、ソフィア。アナタの話に乗ることにする。というか、拒否権もほとんどないのだけれど」
「はい、脅しのようになってしまって申し訳ありませんが、悪いようにはしないと約束します……次に、クラウさんとティアさんですが……」
クラウは右手を首のあたりの高さまで上げて小さく挙手している。
「私もその話、乗りますよ」
「ほ、本当ですか!?」
「元々、あてもなく稼いでただけですからね……なので、相応の報酬があれば、にはなりますが」
「はい、そのあたりはご心配なく! 通常の依頼をこなすより、高めの報酬をご用意できると思います」
その言葉を聞いて、銭ゲバ僧侶は上げてた手を握って小さくガッツポーズを取った。彼女からすれば、日銭を稼げれば良い。このシリアスな会合で間抜けと言えば間抜けだが、要は方向音痴だから一人で居られないのであって、組むのは誰でも良いし、それで報酬がある程度見込めるのなら断る理由もないのだろう。
さて、なんだかずっと蚊帳の外に置かれていて、寂しいような不安なような気持ちになっている自分がいる。本音を言えば誘って欲しい――もちろん、美少女三人相手なのだから、下心も半分あるのは否定しない。しかし、残り半分は真面目な理由だ。
エルにはこの世界に着いた時に、ソフィアには冒険者になるとき導いてくれて、そしてクラウディアには龍からの傷を癒してもらい――三人に対して、自分は恩義がある。この世界の主役の少女たちに着いて行ったところで何が出来るとは分からないが――。
(……うん、俺はこの三人……クラウとティアだから四人? ともかく、彼女たちと一緒にいたいんだな)
そうと決まれば、早く伝えなければ。横たわっていた体に幾分か力が戻っているのを確認し、上半身を起こして、大きく息を吸い、この場を仕切っているソフィアに声を掛けようとしたその時、少女がこちらを振り向いてばっちり目が合った。
「それで、アランさんも、出来ればご一緒してくれませんか?」
「あぁ、俺もそう言おうと……えっ?」
こちらが意を決して話そうとしていた話題を、向こうから、しかも好意的に切り出されたせいで拍子抜けしてしまった。こちらが間抜けな面になっていたのだろう、ソフィアは慌てて取り繕うように手を振っている。
「あ、あの、もちろん凄く危険だと思いますし、嫌ならそれはそれで……」
「いや、凄く危険程度で退くタイプじゃないでしょ、ソイツは」
エルが呆れたような目でこちらを見ている。その視線を気持ちよく受けていると、ソフィアも真剣な表情で頷いていた。
「確かに……私、自分より無茶する人、初めて見たかもしれません」
「えぇっと、それは褒めてるのかな、ソフィア?」
「わ、わ、無茶って言われて嬉しくないですよね、すいません……!」
一転、先ほどと同じように慌てて手を振りだしている。なんというか、戦闘中は超が付くほど勇ましいのに、普段は小動物っぽくて可愛い、意地悪をしたくなる感じである。
「も―駄目ですよアラン君、ソフィアちゃんいじめたら」
こちらの邪な思考を読んだのか、クラウが止めに入った。しかし、俺のことを君付けしたとき同様、さらっと呼び方を変えるやつだ。ソフィアもはてな、という感じで首をかしげている。
「いえ、せっかく行動を共にするんだったら、様付けは止めようかなということで……依頼主様でもあるのに、馴れ馴れしさが過ぎますかね?」
「い、いえ! とっても素敵です、ありがとうございます! 良ければ、アランさんもエルさんも、ソフィアと呼び捨てでお呼びください!」
ふん、と興奮で吐いた息が聞こえそうな程、大きな目を輝かせて、ソフィアはこちらとエルの方を代わる代わる見た。
「……あれ? 何の話してましたっけ?」
「えーっと、多分、俺が着いて行くかどうか的な話だったかな?」
「そ、そうでした! あの、多分調査するには、もしかするとダンジョンを探索することもあると思うんです。そうなると、アランさんのスキルはとっても頼りになりますし……それに……」
ソフィアはそこで一息入れて、一瞬夜空を見上げた。
「……私、嬉しかったんです。アランさん、エルさん、クラウさん……お三方が、私のワガママに付き合って下さって。も、もちろんそのせいで、アランさんに大怪我させてしまった訳ですけれども……!」
「いいよソフィア、ケガのことは気にしないでくれ。俺が勝手にやっただけの話だしな」
どうせ張れるのはこの体くらいだ。しかし、生半可なケガでなく、本当だったら死んでるレベルのケガなのも良かったのだろう、痛みとかよく分からないまま気絶しただけなので、むしろそれで勝利をもぎ取れたのだから結果オーライである。
ともかく、せっかく向こうからのお誘いが来たのだ。もちろん受ける気だし、それ以上に、こちらも一緒にいたかったという事を伝えなければならない。
「俺からも頼むよ、ソフィア、エル、クラウ。着いて行かせてくれ。どれくらい役に立つかは分からんけれど……三人には、世話になったらからな。その恩を返せるよう頑張るよ」
軽く頭を下げて見上げると、まず木陰にいるエルと目が合った。やれやれ、と嘆息しているが、目は穏やかだ。
「まったく……アナタもモノ好きね。このパーティー、今は暗黒大陸で勇者パーティーに次いで……いえ、何を相手にするかも不明な分、下手すれば一番ヤクいパーティーだと思うけれど」
次に、焚火の向こうにいるクラウの方を見ると、腕を組んでうんうんと頷いていた。
「まぁ、アラン君を治したのは私じゃなくてティアですけど……まぁ、恩を返したいというのは殊勝なことです、存分に我々に尽くすと良いですよ?」
そう言われると、お前に対してはあんまり頑張る気が失せる――と一瞬思ったものの、彼女は意外と気を使うタイプだから、変にこっちが無理しないように気を使ってくれてるのもあるだろう。
そして最後に、隣にいたソフィアの方を向くと、キラキラと輝く瞳と目が合い、そしてすぐに深々と頭を下げた。
「アランさん……よろしくお願いします!」
「あぁ、三人とも、よろしく頼む」
少女が頭を上げると同時に、丁度何者かが近づいてくる気配があった。一瞬は警戒したものの、ソフィアの名を呼ぶ大きな声であると気付き、その警戒は解いた。その声にソフィアが大きな声を返すと、茂みの奥からレオ曹長の慌て顔が現れたのだった。
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1章はここまでです!
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