8-42:テレサとグロリアの軌跡 中
部屋から出ると、スザクは壁に背を預けて虚ろ気な様子で天上の白い壁を眺めており――しかしこちらが部屋から出てきたのを確認すると、どことなくあどけない表情で笑って自分の方へと小走りで寄ってきた。
「待たせたな……それでその、色々と大丈夫なのか?」
「正直に言えば、万事に対してあまり良い調子ではありませんね……ただ、アランさんが気にかかるのはどのことに対してでしょうか?」
「聞きたいことは山ほどあるが……そうだな、まずはテレサの状況について聞きたい。なんでグロリアを宿して、ここに……城を抜け出して来たのか……」
互いに歩き始め、ずっと疑問に思っていたことを質問してみることにする。今はテレサの意識の方が表に出てきているようだから、恐らく答えてくれるだろう。スザクはこちらを見ながら頷き、廊下の方へと向き直って話始める。
「アランさんが王都を発った数日後のことです。女神ルーナの声が聞こえました……シンイチさんの仇を取りたくないか、と。古の神々に対抗できるだけの力を授ける……そして勇者アラン・スミスと合流し、古の神々を討つためにもう一度立ちなさいと、そのような神託を受けたのです。
その声に誘われるまま、私は父にもう一度旅発つことを告げ、海と月の塔へと向かいました……そして、文字通り手に入れたのが、これです」
そう言いながら、彼女は左腕の袖をまくってこちらへと見せてきた。どんな技術を使ったのかは分からないが、一応テレサの腕と綺麗に繋がっているモノの、丁度肘のあたりにギザギザとした線が走っており――恐らく、肘の先が本来の彼女のモノでないことは想像できた。
「それ……接合したのか?」
「はい。今となっては、両親からいただいた大切な身体になんてことをしてしまったんだとも思いますし、私の復讐の行く末はうやむやになってしまいましたから、後悔していないと言えば嘘になりますけれど……でも、そんなに気にしてはいません」
「いやぁ、滅茶苦茶覚悟が必要だっただろう。俺なら、そんな決断できるかどうか……」
「ふふ、仲間のために心臓を差し出す人が言っても、説得力はないと思いますけれど」
そう言いながらスザクは上品に笑っていた。言われてみればそう言う捉え方もあるかもしれないが――とはいえ、年頃の女の子が四肢を自分の意志で差し出すというのには、とてつもない決断が必要だったのは間違いない。
もしくは、決断が出来てしまうほどの憎悪が彼女の中にあったか、もしくは逆に判断力が低下していたのか――きっとそのどちらも正解だろう。そんな風に推論をしている傍らで、スザクは話を続ける。
「最初の内こそ、グロリアは大人しくしてくれていました……たまに内なる声が聞こえるくらいで、身体の主導権はテレジア・エンデ・レムリアにあったのです。
接合を終えて身体が動くようになってからは、アガタさんとすぐに南大陸を目指し……まずはレア神の指示を仰ぐべく、世界樹を目指した形です。ガングヘイムへアランさんたちが向かっているのは分かっていたので、世界樹に先回りすれば合流できるだろうと……。
そして、世界樹に近づくにつれ、次第にグロリアの声が大きくなっていきました。レア神……ファラ・アシモフに近づいてることを感じ取っていたようです。彼女の母に向ける殺意は、私がT3に向ける憎悪と同じか……いいえ、それ以上。
私たちの魂は、互いに復讐と言う点において合致し、次第に彼我の区別がつかなくなっていきました。脳内には二つの思考と声が入り混じり、混沌とした状態が続いていき……」
スザクはそこで一度目を瞑り――次に目を開いた時には、先ほどまでの柔らかさがなりを潜めて、どこか哀し気に笑う少女の横顔があった。
「……今となっては、グロリアであってグロリアでない。テレサであってテレサでない、そんな存在へとなり下がった……」
今の言葉はテレサとグロリア、どちらのモノだったのだろうか――恐らく、彼女自身の言うように、どちらのものでもあってどちらのものでもない――そんな雰囲気だった。
「……どうしてテレサだったんだ?」
「さぁ? おおむね、復讐心を持つ手ごろな相手を選別したって所じゃないかしら……今までも何人かに適合させようと実験されていたけど、テレサは一番マシだったわ」
今の質問に対しては、グロリアが答えてくれたようだ。その後はしばらく無言が続き、エレベーターに乗り込んだタイミングで「シンイチさんのことなんですけど」と小さく声が聞こえてきた。




