8-41:テレサとグロリアの軌跡 上
基地での生活に数日経った。時おりゲンブとアシモフによる全体会議は行われ――全員が実際に集まったのは初回だけで、今は同じ基地内にいるのに各部屋にある端末で共有や質問がされる程度のものだが――それ以外は各々の準備や短いながらの鍛錬に当てられている。
まず、ナナコにはファイアブランドがあてがわれた。炎の魔剣は聖剣を手にするまで勇者の手元にあることから、ユメノ・ナナセも使用していたものであり、ナナコの手にも馴染むようだった。それを更に馴染ませるため、日中はファイアブランドを片手に素振りをしているのをちょくちょく見かけた。
同時に、相変わらず配膳の方は続けているらしい。人の役に立つのが好きな子なので、それも息抜きとしては丁度いいのだろう――同時に配膳の際にナナコはT3との会話を続けているようで、そのおかげか二人は多少は打ち解けて来ているように見えた。
ティアは相変わらずホークウィンドに忍術を習っており、アガタがそれを眺めている――いや、ちょっとした怪我ならアガタの魔法で治せるので、単なるオブザーバーには収まらないが――というのがルーチン化しているようだった。
とくにティアとアガタに関しては、機械仕掛けの基地での生活にまだ慣れないらしい。海と月の塔には幾分か機械があったものの、オンラインによる同時接続の通話など触れたこともない事が多く、この技術群の方が余程魔法だとティアは機械を揶揄していた。
一方、我らが准将殿は適応も早い。ソフィアは物事の表面にとらわれず、原理原則を考えるおかげだろう――機械の意図さえわかれば、あとは合理的な設計をしているならこういった機能があるはずとすぐに吞み込むので、なんなら既に説明なしにも大体の機械を操ってしまう。
また、あとから聞いた話では、ソフィアはこの世界の構造に対し、ゲンブから説明を受ける前に概ね自分と同じレベル程度には推理を完了させていたようだ。自分はレムから共有された情報や、オリジナルの生きた世界の知識があってこその推論だったことに対し、ソフィアにはそう言った前提情報が無かったはずだ。それなのにそこまで推理出来てしまっていたのだから、やはり学院きっての英才は伊達ではないということなのだろう。
同時に、やはりそれだけの知能を買われてか、日中は首脳陣の会談にソフィアは参加することが多くなっていた。自分が認識している範囲では、それ以外の時間は専らナナコと話しているか、自分に話しかけてくるかだった。
ソフィアがこちらに話しかけようとすると――またある種、ソフィアが割り込んでくるケースも多いのだが――スザクが割って入ってくることがちょくちょくあった。普段は眠っていることが多いスザクだが、起きている時はなるべくこちらに声を掛けてきていたように思う。
しかし、ここ数日はテレサとグロリアの意識が混ざりあっているせいか、情緒が安定せず、話すことも意味不明なことが多かった。恐らく特に問題なのはシンイチの件だと自分は予想していた。
身体の本来の主であるテレジア・エンデ・レムリアにとって右京という人格はかつての想い人であり、精神の支配者であるグロリアにとっては仇にあたる相手だ――その矛盾がとくに彼女を苦しめているようだった。本来なら第六世代型アンドロイド特有の解脱症を引き起こしかねないような様子ではあるものの、そこは最後の世代であるグロリアの精神が介在しているために問題ないらしい。
このような推論をアガタに聞かせたことがあったのだが、「多分それだけではありませんが、言うのもナンセンスなのでお伝えしません」と久々に黙秘権を行使されてしまったことはあまり納得いかなかったのだが。
ともかく、そんな様子で各々が自分の時間を過ごしている傍らで、自分としてはやはり眠るエルのことが気にかかった。もちろん、今の彼女は脳波が消えない程度の最小限にしか稼働しておらず、意識という意識もないのだろうが――それでも、ふいに彼女の顔が見たくなり、氷の棺が収められている最下層まで降りてきたところだった。
「……まさか、先客が居るとは」
扉を開けて室内を見ると、エルの眠るシリンダーの隣に一人の女性が立っている。自分の声に対し、女は亜麻色の髪を振って視線をこちらへ向けてきた。
「アランさん……えぇ、先日はあまり、きちんと挨拶できなかったので……」
見たところ、今のスザクはテレサの意識が覚醒しており、グロリアが落ち着いているのだろうが――しかしスザクはすぐに額に手を当て、苦し気に首を振り出した。
「……私は、廊下に出ることにします。今日は少し落ち着いているので行けるかと思いましたが……やはりここにいると、グロリアが騒ぎますから」
「それじゃあ、外で待っていてくれ」
スザクと入れ替えになって、少しの間シリンダーの中で眠るエルを眺める。先日コールドスリープに入った時と何一つ変わらない様子で、半分は安心しつつ半分はやはりやりきれない気持ちになり――心の中で「また会いに来る」と呟き、廊下で待つスザクの元へと行くことにする。




