8-40:基地厨房にて 下
「察しの通り、アイツはナナセ・ユメノのクローンだ……三百年前、海と月の塔で殺されかけた私に付着していた彼女の血を保存しておき、ゲンブが培養して、赤子から育てたんだ」
「どうして、ナナコが……ナナセ・ユメノのクローンが必要だったんだ?」
「ゲンブとしては、魔王征伐に使われる勇者が何者かの調査の一貫だったらしいが……ナナセの正体は、旧世界の人間のクローンをゲンブがやったように培養した者だったようだな」
「つまり、ナナコはクローンのクローンってことになるのか……しかし、どうして右京は異世界の勇者なんてモノを作ったんだろうな?」
「ゲンブの見立てでは、理由は二つ……一つは機構剣を扱える人材を選定したのではないかという理由。第六世代型アンドロイドは、学院の者とドワーフを除いて機械の扱いに弱いからな。
もう一つは、異世界、という肩書がどこか神秘的であり、魔王を倒す者として説得力があるものだから、という理由だ。実際、貴様ら旧世界の住人が好む娯楽の中には、そのような設定の物が多くあったらしいな?」
忌々し気に吐き捨てながら、T3は食器の先端をこちらへ向けてきた。今のコイツの気持ちは分かる――自分たちの世界の命運を握る筋書きを娯楽から引っ張ってきていたのなら、ふざけるなとでも言いたくなるだろう。
実際、自分もこの世界に生を受けた瞬間は異世界転生などと浮足立っていたものだ――そのため安易に同意できず、気まずく話を逸らすことしかできない。
「それじゃあ……どうしてナナセが勇者として選定されたんだろうな」
「私は知らん……が、アシモフなら知っているだろう。気になるなら聞いてみたらどうだ?」
「お前は気にならないのか?」
「あぁ。彼女が旧世界で何者であったかなど、私には重要ではない……私にはこの世界で、あの日であった彼女が全てだからな」
そこでT3は食事の手を止め、横を向いて天井を見上げた。
「ユメノ・ナナセは美しい魂を持っていた。魔族と手を取り合うなどというのは、私自身ですら偽善的で実現不可能な夢想だと思っていた。
しかし、誰かを想い、自らが傷つくことを恐れず、ただひたむきに、真っすぐに進む彼女の精神こそ、何物にも代えがたいほどに貴かった」
「……その精神は、ナナコにもしっかり受け継がれているように思うがな」
何の気なしに、そんな言葉が自分の口から出た。今なら、ゲンブがナナコをサークレットで抑えていた理由もわかる。本来の彼女の性格では、きっと七柱と戦うことに疑問を抱いたに違いない。ただ一方的に何者かを悪と断じて、剣を振るうことが出来ないのがユメノ・ナナセであり、その魂を受け継ぐナナコと言う少女なのだから。
仮に七柱のやっていることを彼女自身の目で見たとしても、ナナコ本来の人格であれば王都やガングヘイム襲撃には反対しただろう。七柱が倒すべき敵であっても、作戦行動に無実の人が巻き込まれる恐れがあるから――そう言う意味で、戦うための機械として扱うために、彼女の善性をサークレットで封印してたと推測できる。
そして、自分の何気ない呟きに対し、T3は目元に手を当てて押し黙っており――恐らくコイツも自分と同じように思っているのだろう。第八代勇者の高潔な精神は、間違いなく銀髪の少女に引き継がれているということを。
同時に、だからこそ彼の心中は複雑なのかもしれない。思い出の中だけに存在していた自分の大切な人が、姿形どころか心までそっくりで目の前に現れたら、混乱してしまう気持ちもある程度は頷ける。
「お前の気持ちは分からんでもないがな。もうあの子に少し優しくしてやったらどうだ? 別に、あの子が悪い訳ではないんだからな……むしろ、感情や記憶をいじって戦わせてただ何て、それでは七柱と……」
七柱と変わらない、そう言いかけた瞬間、T3は一瞬だけハッとした表情になって再び食事の手を止めた。規模感が違うせいか――七柱は第六世代型アンドロイド全員に対し、ゲンブたちはたった一人に対して――自分たちのやっていることに気付かなかったのかもしれない。もしくは、復讐の炎が自らを客観的に見るという冷静さを損なわせていたのか。
ゲンブ自身は気付いていたのか不明だが、T3は今しがたまでセブンスと言う少女を操っていたことに対して違和感を覚えずにいたのだろう。しかし、対象者の数が違うと言えども、人の尊厳を踏みにじったという事実は変わりない――その事実が彼の心に深く刺さったのか、男は目元を手で覆い押し黙ってしまった。
そしてしばらくして、T3は空いているほうの手で自身の皿を持ち、こちらへと差し出してきた。
「……食べるか?」
「いや、腹いっぱいだ」
「そうか……」
食欲が失せるのも納得できる。自分のしてきたことが知らず知らずのうちに復讐相手と同じであったというのはショックなことだろう。勝つために手段を選ばかったと言えばそれまでかもしれないが、大切に想っていた相手の移し身を道具として使ったことに対する引け目は、この男の中に確かにあるのだ。
いや、実は言語化できていなかっただけで、彼はずっとこの事実に気付いていたのかもしれない。だからこそ、T3はセブンスと言う少女に対しての距離感が掴めなかったという可能性もあるのではないか。
ともかく、やってしまった過去は変わらないのだ。それならせめて、これからどうするべきか――そこに目を向けたほうが良い。
「不幸中の幸いで、あの子は気にしてないだろうからさ……せめて、もうあの子を縛るようなことは止めてやってくれ」
「あぁ、そうだな……」
T3は珍しく素直に頷いて、自分の皿はそのままに、こちらの食べ終わっている皿を持ち上げて立ち上がり、再び厨房の方へとはけていった。少しして、また油と素材と調味料が奏でる良い香りが立ち込め始め――料理の音が止んだタイミングとぴったり合わせて、部屋の扉があけ放たれた。
「ナナコ、ただいま戻りました! お二人とも、仲良くしていましたか?」
ナナコはそう言いながらカートを元の位置に戻し、ニコニコしながら元の椅子に座った。
「えぇっと……ひとまず険悪な感じではありませんが、なんだか暗い雰囲気ですね?」
「あぁ、そうだな……アイツが暗いから、イヤでも辛気臭くなるな」
「だ、ダメですよアランさん! 確かに、T3さんは口数は少ないかもしれませんが……更に言えば喋る言葉もちょっと攻撃的ですが……でも、根は優しい人なんですよ?」
ナナコのフォローなんだか責めているのか良く分からない声は、よく聞こえそうな長い耳には届いていたことだろう――T3は温めなおしたのであろう料理の皿を、少し乱暴気味にナナコの目の前に置いた。
「ひゃい!? もしかしてT3さん、聞こえてました!?」
「くだらんことを言ってないでとっとと食べろ」
「はぁい……アツアツありがとうございます! いただきます!」
ナナコは暖かい料理をハフハフ言いながら頬張っている――今にして思えば、ナナコが戻ってくる時間を予想して、一番おいしい状態で料理を出しているのだから、T3なりに彼女のことを大切に想い思っているのかもしれない。
そう思えば、ナナコの言うように、この男に意外と優しい所があるというのもあながち嘘でもないかもしれない。今は洗いごとをしている男の顔は厨房の奥で見えないが、ナナコが美味しそうに食べている事に対して口角を釣り上げているような気がした。
そして、自分はようやくこの男のことを少し理解できたように思う。口数は少なくクールな男だが、全てのことに対して冷たい訳でなく、内には確かな温かみもある。もちろん、彼が犯した罪は消えないものの、相応の覚悟を持って渦中に身を投じているのだから――反りは合わずとも、今は背を預けるだけの価値はある男と言える、そう思えた。
そんな気持ちで厨房の方を眺めていると、ガツガツハフハフしていた少女の方から「ごちそうさまー!」と能天気な声が聞こえた。そちらを見ると、今度はT3が残した料理の方をじっと眺めているようだった。
「ところで、そちらの残ってるのも食べてよろしいですか?」
「あぁ、構わん……冷めていても良いならな」
「全然構いません! T3さんの料理は美味しいですから!」
ナナコはそう言いながら、先ほどT3が残した食事を引き寄せ、いとも簡単に平らげてしまった。まるで、少女は虎の心に積もっている重荷など気にしないといったような――そんなことを象徴しているように思えたのだった。
次回投稿は6/7(水)を予定しています!




