8-39:基地厨房にて 中
「そう言えば、ナナコはこれから戦闘に参加するのか?」
「はい、その予定です。ただ、武器が無くてどうしようかーみたいな話が出てます」
「そうなのか? 神剣アウローラを使ってもいい気がするが……」
事情としてはポジティブなことではないものの、エルが眠っている今なら立派な剣の使い手が不在ということになる。それを寝かせておくのはもったいないのではないか――そう思ったが、ナナコはまた腕を組んで首を傾げた。
「ちょっと試しに扱ってみたんですが、アウローラは私の剣術に合ってないんですよ。ちょっと軽すぎると言いますか……使えないこともないと思うんですけど、もう少し重めのヤツがしっくりくるんですよねぇ」
確かに、元々扱っていた魔剣ミストルテインと比較すればアウローラは細身で軽量だ――そう思っていると、奥からT3が両手に皿を乗せながらこちらへと歩いてきた。
「二対の神剣は、文字通りに二刀流を前提に設計されている。そのため、アウローラは軽量なのだ。対して、ナナセ・ユメノの使用する三舟流という剣技は、両手剣で扱うことを前提としている。だから、セブンスには合わないのだろう」
「なるほど、そうなんですね!」
「貴様自身のことだろうが……」
T3はため息を吐き、こちらを向いて目元をこちらの目の前に皿を置いた。
「……これは?」
「貴様はパエリアを見たことが無いのか?」
「馬鹿野郎、見たことあるに決まってるだろうが……その、食って良いのか?」
エルフの男はこちらの言葉を無視し、無言のまま厨房の方へと去っていってしまう。恐らく食っていいということなのだろうが、毒でもしかけられていないだろうかと――実際こちらからは毒をくらわせた過去がある――訝しみながら料理を眺めていると、奥から一瞬殺気が放たれたのに身体が反射的に動いた。気が付けばT3が投げた鋭利な何かを、自分は眉間に刺さるギリギリ手前で指に挟んでいた。
「あ、アブねぇな!?」
「食器を出してやっただけだ」
言われたままに自らの指に挟まったそれを見ると、フォークの先端が自分の額すれすれの位置で止まっていた。
「テメェこそ、手渡しって言う普通の行為を知らねぇのかよ……」
ともかく、眼のまえの料理は食べていいということだろう、受け取った食器で差し出された料理を食べ始めると、確かに美味い。なんなら、この世界に来て一番の美味と言って差し支えないかもしれない。
「アランさん、どうです? T3さんの料理は?」
「確かに美味いな」
「そうでしょうそうでしょう! だから、私も教えて欲しいんですけど」
ナナコはそこで言葉を切って、近づいてくる足音の方へと視線を向ける。見れば、T3が配膳用のカートに料理を乗せているようだった。
「キチンと言われた通りに手を動かすなら、そのうち教えてやる。とりあえず、これを皆に配ってくるがいい」
「はい、了解です! 戻ってきたら私の分も、アツアツなのがあると嬉しいです!」
ナナコは立ち上がって敬礼のポーズを取り、軽快な足取りでカートを押しながら扉の方へと向かった。そして「二人とも、私が戻ってくるまで仲良くしててくださいね」と言い残して廊下へと去っていった。
しかし、困ったことになった。今までナナコが居たからなんとか間が持っていたものの、コイツと二人きりでは何を話せばいいか分からない。料理を食べ始めなければ手伝いをするとか言い訳してナナコに着いて行けば良かったのだが、空腹が勝って料理を運ぶ手も止まらないのだ。
何より悪いのは、何故だかT3のヤツも椅子に掛けて料理を食べ始めた点だ。こちらと会話する気が無いのなら近くに座らなければいいのに、わざわざ対面に――とは言えども、真正面でなくその一つとなりだが――居座っているので、イヤでも視界に入ってくる。
しばらくは無言のまま互いに食事を続けていたが、この状態はあまりに気まずい――ここは覚悟を決めて、会話の一つでもしてみるか。
「……普通に美味いぞ」
「そうか……」
折角ほめてやったと言うのに――いや、事実として美味いのだが――男はそっけない返事だけ返してそのまま無言に戻ってしまった。これ以上はこちらも何を言えばいいのか分からず、ひとまず食事に集中し、先に食べ終えることにする。
しかし、食べきるタイミングで一つ質問したいことが出てきた。少女たちが居ない今が――とくにナナコが居ないこのタイミングが――チャンスだろう。そう思い、フォークを皿の上に置くのと同時に再び男に声を掛けてみることにした。
「ごっそさん……なぁ、ナナコのことなんだが」
こちらの言葉に、T3は一瞬だけ口へ運ぶフォークを止めた。男はすぐに食事を再開させて、口の中の物を飲み込んで後、食器を一度皿の上に置いた。




