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8-38:基地厨房にて 上

 ティアとアガタと別れてから、基地内を色々練り歩くことにした。別段予定が無いのもそうだし、同時に偶然に出会った誰かと状況確認のための会話が出来ればいい、くらいの感覚で散策している形だ。


 ソフィアやスザクとは色々話をしたいが、機会があれば割と向こうから声を掛けてくれる気がするので、むしろ他の者と出会えるといい――ホークウィンドだって先ほど挨拶をした程度であまり深い会話を出来ていなし、何なら昨日会議の場にいたアズラエルというアンドロイドとは会話すらしたことがない。


 とはいえ、第五世代型である彼は自分のことを警戒しているかもしれないし、あまり友好的な関係は構築できないかもしれないが――ともかく、一度くらい会話をしておいたっていいだろう。


 あまり気の進まない相手ではあるものの、話すならゲンブやアシモフでも良いだろう。なんだったら、もう少し自分のオリジナルのことや、右京の話を聞いてみたいように思う。あの二人は作戦会議中だろうから、先日のブリーフィングルームにいるかもしれない。


 一方で、T3にだけは会いたくはない。いろいろと事情は分かってきたし、アイツなりの行動原理も認められつつある――が、性格的に合うかと言うと話は別だ。


 そもそも、何故あそこまで反りが合わないのか。同じ技を使う者同士、なんならもう少し気が合ってもいいのではないか? というか、何故ここまで自分とアイツは険悪なのか――その原因を考えてみる。


 思い返せば、どちらかと言えば向こうがこちらに対して突っかかってきているような気もする。もちろん、こちらなど出会ってコンマ秒以下で腕を切り飛ばされたのだから、嫌悪を向けるのはこちらからが正解な気もするが――いや、そもそもシンイチが殺されたことに対して自分が怒って――。


 など、思考が周り廻った挙句、どの道アイツとは反りが合わなそうだという結論が出た。やはり、出会うならT3以外が良い――などと思ってはみたものの、広大な基地内で迷っているのが実のところだった。


 元々、ゲンブとT3が前回の魔王征伐から三百年の期間を潜むために作った基地らしいが、T3と人形の二人で使っていたにしては広すぎるきらいがある。もちろん、何者かに襲撃された時のことを想定しているから迷路のようになっているというのは納得するが、行けども行けども曲がりくねった白い壁と細い通路や分岐点が続いており、まるで方向感覚が無くなってしまうような作りになっている。


 他の者は迷ったりしないのだろうか? ともかく、こんな場に方向音痴のクラウが――もしくはティアが――ひとりで放りだされたら二度と帰ってこれないだろう。とはいえ、適当に歩いていればいつか基地中央の吹き抜け部分に出るだろうから、そこまで行けば上層へ戻ることは可能だろうし、ちょっとしばらく眠っていて硬くなった身体をほぐす意味合いで散歩するのも悪くはない。


 ともかくそんな調子でしばらく歩けども、結局誰とも出会う気配は無かった。いや、冷静に考えれば当たり前で、こんな広大な基地を練り歩く奴は自分を置いて他にはいないというのは頷けることだった。


 そしてようやっと吹き抜け部分へと戻って上層へ移動することに成功し、見おぼえるのある通路にまで戻ってくることが出来た。医務室回りならきっと誰かいるだろう――そう思って廊下を歩いていると、なんだか良い匂いが立ち込めてきた。見れば、何やら一室の扉が開いており――恐らくキッチンか何かだろう。


 そう言えば朝から何も食べていなかったし、腹も空いていたところだ。それに、食堂で料理をする人物となると、果たして誰なのか検討もつかないからこそ、誰が居るのか気になる――そう思いながら扉をくぐって中へ入ると、まず最初に完全に予想外の人物が目に入ってきた。


 その料理という行為からもっとも遠ざけねばならぬはずの人物――ナナコはこちらに気づくと、椅子の上でパッと明るい笑顔になり、向こうから大きく手を振ってくれた。


「もしかして、美味しそうな匂いに誘われてきちゃったんですか?」

「人をカブトムシみたいに言うなぁ……しかし、今日はソフィアは一緒じゃないのか?」

「はい! 配膳のため、私だけここにいる感じですね。皆さんに食事を届けるのが、基地内での私の仕事なんです!」

「ひぇっ……恐ろしく広いだろこの基地。飯を届けるのも大変じゃないか?」

「いえいえ、皆さん居る所は大体固定されてますからね。それに記憶力には自身があるので、広い基地でも道は忘れません!」


 記憶喪失の少女が記憶力に自信がある、というのも説得力としては微妙な気がする。とはいえ、初めて起きた時にもそんなことを言っていた気がするし、いくら配膳する場所が決まっていても並の空間把握能力では迷ってしまうだろうから、控えめな胸を突き出してうんうんと頷く彼女の記憶力は本物なのだろう。


「しかし、超科学の粋で作られた施設なのに、わざわざ料理は手作りなんだな」

「……この基地で食事を摂るのは、元々私くらいだったからな」


 その声は、キッチンのさらに奥から聞こえてきた。仕切りで顔が見えていなかったが、今の言葉で誰だか分かった。


「T3!? テメェ、なんでこんなところに居やがる!?」

「同じ言葉をそっくり返すぞ」

「もー! お二人とも、顔を合わせれば喧嘩ばっかり! もう少し歩み寄れないんですか!?」


 一人で歩いていた時の予想に違わず、やはりT3と顔を合わせればこのような憎まれ口の応酬になる。ついでにナナコまで居ると仲良くしろと言われるので、てんやわんやの展開だ。


 別に、自分としては相手方が歩み寄ってくるのなら、仲良くするのは違うとしても、ここまで喧嘩腰になることもない。それは相手も同様なのか、ただ互いに睨み合いながら時間ばかりが経過する――間にいるナナコは不機嫌そうに自分とT3を見比べて、しかし次第に納得したように手を叩いた。


「実はお二人とも仲良しさんなのでは? 喧嘩するほど仲がいいと言いますし」

「それはないぞ、ナナコ」

「それはない、セブンス」

「ほら、息ピッタリです」


 指を立てて笑顔を見せるナナコに対し、自分としては何も言い返せなくなってしまった。実際に、ほとんど同じようなセリフを吐いてしまったから――またしても向こうも同様なのか、T3は再び仕切りの奥に引っ込んでしまった。


「くだらん会話をしている場合ではないな……」


 奥からそんな捨て台詞が聞こえてきて、後は奥からは鉄板の上で油が焼ける音と共に良い香りが漂ってくる。男の手元から発される音は軽快で、確かに料理を作り慣れていると言っていい手際の良さだ。


「もしかして、ここでの食事はアイツが作ってるのか?」

「そうなんですよ! T3さん、料理お上手なんです!」

「へぇ。意外な特技があるもんだなぁ……」

「できれば私も教えて欲しいくらいなんですけど……T3さんが厨房に入れてくれないんですよねぇ」


 ナナコは腕を組みながら目を瞑り、何故だろう、という表情で首を傾げた。今ばかりはT3に心の中で万雷の拍手を送ろう――ナナコの向上心は素晴らしいモノだと思うのだが、殺人料理が一朝一夕で克服とも思い難いし、今は何かと大事な時期であることを考えれば、不要な事故は避けたほうが良いだろう。


「……T3さーん本当にお手伝いしたら駄目ですか?」

「いや、ナナコ、ここはアイツに任せよう……きっと、皆に美味しい料理を振舞えて嬉しいだろうからな」

「そうですか? それなら……いえ、別に私が手伝っても、料理を振舞うという結果は変わらないのでは……?」

「いいや、アイツはそう言うところにこだわるタイプなんだよ、きっと」


 我ながら苦しい言い訳だったが、純粋で素直なナナコは「そうなんですかねぇ……?」と再び首を傾げている。ともかく、ここは彼女の気を逸らす方が良いだろう。それに、ナナコにも確認を取っておきたかったことはある。そう思い、彼女の対面の椅子に腰かけ、質問を投げかけてみることにする。

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