8-33:ティアの修行 中
「ま、恐らくアシモフが説得すれば、ダンの奴もこっちに着いてくれるかもしれないんだろ? その時にリミッターのことも聞けばいいし……何より、ルーナたちを倒せば、ダンももうお前さんの体に自身の人格を転写することもないはずだ」
「そうだね……」
シモンは頷きながら、なんだかアンニュイな表情を浮かべた。
「はは、なんだ、親父さんとゆっくり話すことでも想像して気まずくなったか?」
「あぁ……前にも言ったけど、別に尊敬してない訳じゃないけど、あの頑固っぷりは苦手だからね」
「まぁ、その辺も全てが終わってから考えればいいさ。ともかく、解析ありがとうな」
「いや、僕が勝手にやったことだからね。気にしないでくれ」
シモンに対して手を軽く振り、部屋を後にする。さて、これからどうしたものか――昨日の今日で色々と考えることはあるし、また色々な面子と会話をして状況を整理したい気持ちもある。
ともかく、一度皆がいる方へと戻るか、そう思って歩みを進めていくと、なんだか何かを打ち合うような音が遠くから聞こえてくる。仮に敵襲だとすればもっとあわただしい様子になるだろうから、危険性は無いのだろうが――ひとまず音のする方へと向かってみることにする。
基地内の中央にある大空洞に出た時、音の正体が分かった。何やら、ティアとホークウィンドが広い空間で組み手をしているようで――互いの突きや蹴りが打ち合う音が響いていたらしい。
しかし、両者の技は恐ろしく早い。自分はADAMsを起動していないと――ある程度気配で動きは分かるが――目で追い切れないほどだ。
「あら、アランさん。ごきげんよう」
技の凄まじさに惚れ惚れとしていると、背後からお嬢様言葉で声を掛けられた。振り返ると、案の定そこにはアガタ・ペトラルカが、いつもの感じ――腕を組んで壁に背を預けている――調子で立っていた。
「おぅ……それで、あの二人は何をしてるんだ?」
「見ての通りですわ」
「いや、見て分からないから聞いてるんだが……」
まぁ概ね訓練と言ったところなのだろうが、何故にティアはホークウィンドに師事を仰いでいるのかは分からない。また一段大きな音がして振り返ると、どうやら勝負あったらしい、ティアが膝をついているのに対し、ホークウィンドの肘が彼女の頭上すれすれで止まっている所だった。
「はぁ……はぁ……くっ……参りました」
「うむ……しばらく休憩を取るか」
ティアは息を整えるためかその場にへたり込んでしまったが、巨漢のシノビは息一つ切らさずに振り返り――自分の姿を確認するとゆっくりとこちらへ歩いてきて、目の前で良い姿勢を取り、そのまま腰が「く」の字になるほど深いお辞儀をしてきた。
「原初の虎……貴殿と共に戦える日が来るとは光栄だ」
そう言いながら、ホークウィンドはその巨大な手をこちらへ差し出してくる。握手のつもりなのだろうが、身長が二メートルほどある巨漢の、それも筋骨隆々の巨大な手が差し伸べられても中々に威圧感があり、なんだかこちらの方が委縮してしまう。
とはいえ、自分としてはこの男はそこそこ好意的に思っていた。無駄な殺生をする男ではないし、仲間を大切にする熱さもある――相まみえた回数はそこまで多くないが、逆を言えばその少ない数だけで見える人間性と言うのもある。
敬意の持てる相手からの友好の証であるのならば、断る理由もない。自分も手を差し出して、巨漢の手を取って握り返すことにした。
「丁寧にどうも……しかし、俺とお前は旧世界では面識はなかったのか?」
「うむ。私とチェンは貴殿が倒れてからべスターと合流したからな。とはいえ、貴殿の噂はずっと聞いていた。そなたこそ真なる忍……肩を並べて戦える日が来るなどと思っていなかった」
「いや、俺は忍者ではないけどな」
「謙遜する必要はない。義によって立ち、弱き者のために刃を振るい、数多の敵の目を欺き、巨悪を断つ……それこそが私の目指す忍。貴殿はそれを体現した伝説の男なのだから」
そう言うホークウィンドの瞳は、なんだか輝いているように見える――いや、その体は魔族らしく、どこか爬虫類を思わせるような瞳孔をしているのだが、それでも彼なりの好意というか、羨望が見て取れた。
とはいえ、自分としてはそんな純粋な瞳で見られるのはなんだかバツが悪い。旧世界での働きなど自分は覚えていないし、感覚的にはホークウィンドの方が歳も上――それこそ万単位で――であるし、こう頭上から見つめられるのも居心地が悪い気がする。
俺のファンならサインでもやろうか、などボケが通じる手合いでもない。むしろ、下手したら喜ばれてしまうかもしれない。どうしたものか――そう思っている傍でティアが呼吸を整えて立ち上がってこちらへ来てくれてたので、男の手をゆっくりと離してそちらへ逃げることにした。




