8-31:エルの決断 下
コールドスリープの準備はその日のうちに進められた。というより、既にそうすることを前提に準備をされていたという方が正しいのだろう――エルが冷凍睡眠に入ることは既定路線で、どちらかと言えば自分が起きて話をするまで待ってもらっていた、という方が正しいのだろうから。
「皆、迷惑を掛けたわね。ごめんなさい……」
人一人がすっぽり収まるガラスシリンダーの中で、エルは医療用の衣服をまとって上半身だけを起こし、周囲を見ながら謝罪をした。今、ここに集まっているのは自分とソフィア、ティア、それにゲンブと後二人――そのうちの一人はしばらくエルに会えなくなるのが寂しいのだろう、小さく嗚咽をもらしている。
「うぅ……エルさぁん……!」
「ナナコ、泣かないで。大丈夫よ……そこの馬鹿が、きっと私を起こしてくれるから」
エルは顎で自分の方を指し、一方のナナコも「そうですね……私も頑張ります!」と言って腕で涙を拭っていた。そして、ナナコの横を亜麻色の髪の少女が通り過ぎてエルの前に立った。
「お義姉さま……」
「テレサ……アナタも、色々と複雑だと思うけれど……気をしっかり持つのよ」
「はい……」
義姉妹の挨拶は簡潔なものだった。自分より二人の方が付き合いは長いだろうし、口数少なくても通じるものがあるのかもしれない。
しかし、もしグロリアの人格が起きていたら、このような厳かな雰囲気もならなかっただろう。グロリアは眠ってくれているのか、もしくは義姉妹の別れに――それは、自分の手で一時の物にしなければならない――気を利かせて大人しくしてくれているのかもしれない。
ともかく、テレサが頷いて一歩下がると、エルは自分の隣に居る旅の仲間達の方を見て頷いた。
「ソフィア、私はここまで。こんなことを言うのも厚かましいかもしれないけれど……アランのことを頼むわ」
「うん、任せて」
「ティア。クラウのことは大変だと思うけれど……諦めないで。アナタが諦めなければ、きっと以前の関係性を取り戻せるわ。そしてアナタも……アランを支えてあげて頂戴」
「うん……了解だ」
ソフィアとティアに挨拶を終えて、最後にエルはこちらを見た。しばらくの間、彼女は何も言わずに――泣いてしまうんじゃないか、悲し気に揺れる瞳を見るとそんな風に思ったが――彼女はいつものように大きくため息を吐いて、しっかりと気を持ち直したようだった。
「……それじゃあ、私は眠るわ。約束、忘れないでね?」
頷き返す自分を見て、エルは微笑みを浮かべ、そしてガラスシリンダーの中に横になった。蓋が降り、少しの間冷凍の処置が続く――その間、ゲンブが以前に比べて解凍時の失敗や後遺症のリスクはほぼゼロだとか補足を受けたが、これもあまり頭に入ってこなかった。
そもそも、どうして少女たちがこんな目にあわなければならないのか。元々、自分は彼女たちを守るために戦ってきたというのに、その顛末がこれだとは。だが、エルは自分にできる戦いをすると覚悟を決めたのだから、自分はそれに報いるだけだ。
「待ってろよエル……俺が必ず君を起こしに来るからな」
すでに誰も居なくなった部屋の中、シリンダーの中で眠る美しい剣士の顔を見ながらそう呟き――自分も部屋を後にすることにした。
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