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8-24:如何にしてこの世界は中世風の社会を形成したのか 中

「まぁまぁ、皆さん落ち着いてください。別に私はアシモフがやったことを肯定しませんが、魔王とレムリアの民の戦争と言うシステムを考えたのは別人のはずですよ」

「えぇ……魔王征伐のシステムを考え出したのも右京です。それだけではありません、彼がこの惑星レムにおける社会システムの大半を考案しています。

 この星の文明レベルの大半が、旧世界においてある地域の中世期に似せて作られているのは、それが旧世界においてもっとも文明が停滞していた時代だったからです。

 中世は、先住民と異民族との争いの時代であり、文化や学問が宗教勢力によって占有されていた時代です。社会不安と一部の機関による知識の占有は、肉の器を持つ知的生命体の進化を妨げるのに効果的だと……それを擬似的に創り、三千年に近い期間たもってきたのです」


 アシモフがそこまで言ったタイミングで、ソフィアが「少し違和感がありますね」と割り込んだ。


「知識を占有するなら、それこそ旧世界と同じように宗教勢力だけでも良かったはず……それなら学院などというものは作らないほうが良かったのではないですか? 知識を占有する機関は、少ないほどアナタ達の計画は安定するはずですが……」

「それには二つ理由があります。一つは、ルーナの作った月の影響で巨大化した魔獣を征伐できるだけの軍事力がレムリアの民に必要だったから。もう一つはゴードンの……アルジャーノンのこだわりです。

 彼はモノリスを解析し、並行世界の可能性を実現する能力……いわゆる魔術の研究に執着していました。同時に、彼は我々の中で、ある意味ではレムリアの民の可能性をもっとも信じているのです。魔術の発展に際し、自分以外の者のアイディアを取り入れようと考えていたのですね」

「なるほど……第七階層を私たち自身が編み出さなければならないのは、そう言った理由からだったのですね。しかしそれでしたら、アルジャーノンはレムリアの民の味方をしてくれるのではないですか?」

「それはどうでしょうか……彼は研究対象としては高次元存在を解析するのが早いとも考えているようでもありますから。こちら側に引き込める可能性を否定こそしませんが、あまり期待はしないほうが良いかと」

「そうですね……私は学長を通してアルジャーノンと会話をしたことがありますが、彼は私たちのことを余り気にしていた風は無かった……魔術を作るのに、猫の手でも借りるかと言った、そんな調子と言うか……」


 ソフィアとアシモフがなんだか高度な話をしてくれたおかげで、先ほどの険悪なムードが少し落ち着いたようだった。そして二人の会話が落ち着いたタイミングで、再びゲンブが咳ばらいを一つして場の注目を集めた。


「話を戻しましょう。ともかく、ファラ・アシモフは既に高次元存在への興味は失せ、この星でアナタ達を創り出し、三千年の時の中で考えを改め……自らのしたことを悔い、この星で行われている実験を止めようと決断してくれました。

 彼女のしたこと自体は、少なくとも旧世界的な……同時にレムリアの民が基本的に持つ倫理感に反しており、褒められたことでは無いかもしれませんが……これ以上の悲劇を止めるためにも、彼女のしたことに一旦は目を瞑ってやってくれないでしょうか?」


 ゲンブの奴、わざわざまぜっかえさなくても良いのに――そう思ったが、ひとまず先ほどのような糾弾は起こらなかった。人形は場が静かなのに頷き、カタカタと口を鳴らし始める。


「皆さま神妙な表情をしていらっしゃいますが……ひとまず、反対意見は無いようですね。それでは、過去の話は終わり。これからの話をしましょう。

 私たちが成すべきことは、ルーナ、アルジャーノン、アルファルドの三柱の本体の撃破です。幸い、ハインラインの器はこちらの手中にあるので……そのため、まずは海と月の塔の制圧を行います」

「えぇっと……レアとヴァルカン、レム以外の本体は月にあるんだっけか。それなら、なんで月の制圧に向かわないんだ?」

「正確には、軌道エレベーターの制圧ですね……彼らの本体が眠る月の防衛システムは、惑星レムに侵入しようとするそれとは比較になりません。そもそも、レムにピークォド号を侵入させるのにすら、三百年を待たねばならないほどの準備が必要だったわけで……。

 脱線しましたね。ともかく、宇宙船で月に入ろうとすれば、即迎撃システムによって撃ち落とされてしまうでしょう。そのために、軌道エレベーターから月へと侵入しようと考えているわけです」


 ゲンブがそこまで言い切ったタイミングで、アガタが小さく手を上げた。


「それに、海と月の塔はルーナの居城であると同時に、女神レムの居城でもある……ルーナの宿るセレナを撃破できればレムの安全が確保できます」


 アガタとしても、仕える神を――前世的な発想だと、コンピューターに仕える人間という構図で少々おかしくは見えるが、それがこの世界が独自に三千年間歩いてきた軌跡なのだから、自分の倫理観にあてはめるのもお門違いか――早く救ってあげたいということなのだろう。


 それに、レムと言うAIは元々は人間だったのだ。彼女とは多く言葉をかわしたわけではないが、この世界の歪みを最も早く正そうとした七柱である訳だし、同時に確かな温かみがあった――そうなれば、自分としてもレムのことを救ってやりたいとも思う。


「……そうだな。レムのことも心配だよな」

「えぇ……まったく、困った主なもので」


 そう言いながら、アガタ・ペトラルカは肩をすくめた。


「それで? 襲撃をかける算段はあるんだろうな? 熾天使だとかがぞろぞろ出て来れば厳しいし、そうでなくとも第五世代型が多く待ち構えているんだろう?」

「えぇ……そのため、しばらくアシモフと共に作戦を練るつもりです。そしてその間にフレデリック・キーツとも連絡を取る予定です。それに、アナタの身体だって、まだ本調子ではないんじゃないですか? 何せ、つい先ほどまで眠っていた訳ですし」


 そう言われて、改めて右の肩を回してみる。特に違和感は無いが、先ほどのべスターとの会話を思い返すと――自分の体が死に近づいている――少し休養する期間があってもいいかもしれない。


「アラン・スミス以外の者たちも、各々決戦に備えた準備も必要でしょう。そのため、一週間ほど基地に滞在し、その間にみな準備を済ませて欲しいのです。もっとも、故郷の肉親へ挨拶、などは控えてもらいますが……ま、恐らく帰りたがる人も居ないでしょうし」


 人形は軽い調子でそう締めくくったが、アガタを除いては実際はその通りだろう。敢えて故郷を飛び出たシモンに、家との関りが良好でないソフィア――それ以外の者たちには、既に故郷などないのだ。強いて言えば、ティアは孤児院に行くというのもあるかもしれないが――クラウが本調子でない今、帰ってもステラ院長と気まずくなるだけだろう。


「……それでは、質問が無いようでしたらいったん解散にしましょう。誰か、質問したいことはある方はいますか?」


 ゲンブはそう言いながら、あからさまに自分の方を見ていた。実際の所、ティアやナナコにはピンとこない話も多かっただろうし、逆にソフィアとアガタはある程度の所まで理解しているだろうから、質問するとなれば自分しかいないのも事実だろう。


「一個だけ確認が漏れていたことがある。シンイチは……右京は、俺とチェンの対立構造を作って高次元存在の降臨を早めてるって言ってたな。降臨を早めるってのはどういうことだ?」

「アナタを勇者に祀り上げ、そしてその敗北を演出することで、第六世代型アンドロイド達の心に絶望と停滞感を降ろし……高次元存在の降臨を三百年早めようとしたのです」

「進化が停滞していると見なされるには三千年間必要なんだろう?」

「それはあくまでも原則なので……知的生命体が文明を持ってからの時間と、精神的な停滞の相関関係があり、再起不能なほどの絶望が多くの者の心に降りれば、高次元存在が降臨すると計算されています。

 実際、レムリアの民たちの心の停滞は私たちが最初に試算していたよりも早い……アナタも旅の中で見てきたのではないですか? 社会不安は止まらず、どこか無気力な人々を……」


 言われて思い出す。魔王が倒された後ですら、人々は浮かない顔をしていたことを――もしかするとだが、第六世代型アンドロイド達は自分たちがDAPA幹部に管理されていることを無意識的に認識しているのかもしれない。


 三千年近く変わらない社会構造、文化レベルの発達もなく、ただ同じ慣習を踏襲しながら生かされ続ける人々――そんな状態では未来に希望も持てず、無気力になってしまうのも致し方ないのではないか。


 一方で、知的生命体に課せられた使命が進化と言うのもなんとなくだが理解できる。苦しいことの多い現世において、人が絶望しきらずに生きていけるのは、きっと未来に何かを期待して、流れに逆らって何かを掴もうとするから――それが高次元存在とやらの望む宇宙の意味に何か関係するのかもしれない。


 まぁ、高次元存在とやらも大概ではあると思う。生物を作って苦しみの多い世に解き放ち、何かをして見せろというのも傲慢そのものだ――そう思っていると、ゲンブは人形の肩をすくめて首を横に振った。


「社会不安に上乗せして、私たちが王都を襲撃したせいで、古の神々が復活したというのが確からしいとレムリアの民たちの心に刻まれてしまいました。同時に、レムも狙ったわけではないはずですが、アナタも間違いなく異世界から現れた戦士であり、王都襲撃を救った英雄です。

 我々の存在は第六世代型アンドロイド達にとっては脅威ですが、同時に絶対の神である七柱の預言……十代目の勇者が魔族や邪神との戦いに終止符を打つという神託が、今まさに再現されてしまっているのです。

 さて、そんな絶望多き現世において、神託に僅かな望みを託している者が多い中で、勇者が敗北してしまったら?」

「なるほどな。もし俺が本当にお前らを倒してしまったら七柱が俺を殺せばいいし、逆は逆……どちらにしても、勇者が敗北し、邪神は復活するというシナリオをレムリアの民たちに見せることができる。つまり、右京は漁夫の利を狙ったってわけか」

「恐らくちょっと違いますね。右京は私たちが最終的に手を組むことは読んでいたでしょう……ですから、我々を一気にせん滅するための準備をするために時間を稼いでいた、というのが正しい様に思いますね」


 ゲンブが話し終わったタイミングで、今度はアシモフが「同時に……」と語り始める。


「邪神復活という演出は、魔族の暴走と第五世代型アンドロイド達によって引き起こされる予定でした。そのため、ルーナは各地の第五世代型アンドロイドを起こして周っているのです。

 実際に勇者が敗れ、各地で暴れる魔族に、目に見えぬ怪物まで現れたとなれば、第六世代型アンドロイド達の絶望は臨界点を超えるでしょう。

 仮にアナタがルーナから逃げおおせたとしても結果は変わりません……この世界の通信インフラは教会と学院が占有しています。アナタが死んだという偽りの情報をレムリアの民たちに流せば、彼らはそれを信じてしまうでしょう」

「そうか……それなら、絶対にルーナたちを止めないとな」


 要するに、自分たちが負けてしまえば七柱の悲願が為る――というより、自分たちがルーナ達を倒せなければ、向こうの計画は進み続けてしまう訳だ。チェン達を邪悪な神としてレムリアの民に周知させられ、自分が勇者として第六世代型アンドロイド達に公表されてしまった時点で、もはや退路は無くなっていたのだ。

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